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絵本ナビホーム  >  スペシャルコンテンツ  >  インタビュー  >  佐々木田鶴子さん、廣川暁生さん、レグラ・ケーニッヒさんに聞く、クライドルフの世界

独特の「擬人化」

─── クライドルフの絵には批判もあったのですか?

ケーニッヒ:彼が最初に本を出版したとき、保守的な教育者たちが批判しました。19世紀末から20世紀はじめのころの絵本のなかでクライドルフの絵本はやはり他と違っていた。保守的な教育者たちは、彼の絵本が道徳的でないし、教育的・愛国的な内容でないからダメだといいました。
またときどき子どもの描き方がかわいらしくない…つまり素朴すぎて「子どもらしい愛らしさ」がないという批判もありました。でも逆に子どもの顔がすごく自然に描かれていると私は思うんですね。
クライドルフの絵は子どもたちに支持され愛されています。現在も使われるドイツのベルン市の小学校3年生用国語読本『庭の赤いバラ』の挿絵に、彼の絵を見ることができ、子どもたちにはなじみ深い絵でしょう。亡くなる前年にはスイス教師協会から児童文学賞が贈られています。
スイス人にとって山の自然は、子どものときから身近なもの。クライドルフの描く絵に登場する花や昆虫はよく見かけるものばかりです。絵本の中の文章にもこだわりがあらわれていると思いますが、植物名をひとつひとつ正確に書いていて、なかには博物誌的名称やラテン語名も出てきます。

佐々木:絵本に登場する絵と、名前を合わせて見ると、どんな植物なのか特定できるんです。

廣川:花の妖精の服が、実在するその花の茎の色だったり、葉っぱの特徴どおりのドレスの形になっていたり。

ケーニッヒ:<<アルニカ>>は薬草で、訪れる虫たちに薬を与えて癒しています(『アルプスの花物語』童話屋=絶版)。<<結婚式>>では、ヨーロッパで猛毒として知られるトリカブトが騎士として描かれたりしています(『花のメルヘン』)。


<<アルニカ>>

<<結婚式>>

─── 植物の外見的特徴だけでなく、薬や毒、眠りを誘う効果があるなど特性までふまえて描かれているんですね。ほんとうにアルプスでよく見かける花たちなんですか。

佐々木:日本でいえばタンポポみたいに、その辺に咲いている花が多いですよ。スイス観光協会のページを見ると、クライドルフがどんなにアルプスの花々を愛し、観察して絵にしたかよくわかります。
(スイス政府観光局 特集:クライドルフが愛したアルプスの花々

ケーニッヒ:その時代、バッタや花を擬人化する画家はほかにもいました。社会や人間への批判・皮肉としてその手法を用いたんです。一方、クライドルフは社会的な批判をバッタや植物にのせて描くということはしなかった。

佐々木:そうですね。ほかの作家の擬人化とは違っています。当時も擬人化は珍しくないけれど、主に風刺やカリカチュアとして使われました。でも、クライドルフは、アルプスのふもとで体験した世界、いろいろな生き物が暮らしている自然のままの世界を描きました。花は花のまま、バッタはバッタのままで、そのひとつひとつが違う性格をもっていて、いきいきと暮らす姿です。

クライドルフの宇宙観

─── それにしても、なぜ今、クライドルフの展覧会を企画されたのですか。Bunkamuraザ・ミュージアムで初めての絵本展覧会とうかがいました。きっかけを教えていただけますか。


▲「クライドルフの世界」展 会場風景
廣川:2006年にケーニッヒさんと「0406スイス・コンテンポラリー・アート・イン・ジャパン」の一環として「スイス・スピリッツ 山に魅せられた画家たち」という企画展を開催したあと、スイスとのご縁が続き、またスイスの画家を日本に紹介したいなと思っていました。
スイスのベルン美術館の方にクライドルフのことを教えていただき、チューリッヒの本屋さんでクライドルフの絵本に出会い、その後美術館で原画も見せてもらったのですが、非常に小さなサイズの絵の一枚一枚に、芸術性の高さを感じました。彼が描くような四季の絵物語は日本人にも身近に感じられるのではと思ったのです。

佐々木:厳しい自然の中の暮らしというのは、スイスと日本で共通していると思います。日本も台風や地震、津波など、自然の影響を受けやすい国です。それだけに、自然の移り変わりには敏感です。
『バッタさんのきせつ』でも、春から冬までの季節の移り変わりがさりげなく描かれていますよね。日本人がクライドルフの宇宙観に惹かれるのも不思議ではないでしょう。彼には、宮沢賢治の宇宙観に通じるものがあるように思います。
今、不況や自然災害によって、生き方を見つめなおす時代に、クライドルフが注目されるのは、当然なことでもあるでしょう。


『バッタさんのきせつ』(ほるぷ出版)見開きより <<みはりばん>>

廣川:そうですね。日本では大きな震災があった今、働くばかりじゃない生き方を模索する私たちの心に響くものがあるかもしれません。<<クロッカス>>には、ほんとうに春が来たという喜びを感じますよね。
展示されているのは、絵本の下絵というか、原画となっている水彩画です。よく見るとリトグラフより色合いがやわらかいかもしれません。でも、その水彩画の繊細な色合いをリトグラフに再現した高い技術力もすばらしいですね。


<<クロッカス>>

佐々木:ドイツやスイスの絵本の質の高さは、100年以上前の多色印刷黄金時代までに、リトグラフ職人がしっかり育っていたことが理由のようです。ヨーロッパの職業制度では、徒弟から修行がはじまり、職人となって腕を磨き、それから親方試験に合格すれば一人前です。
クライドルフ自身も徒弟を経験し、処女作『花のメルヘン』は16ページの本ですが、自分で150枚のリトグラフ版を起こしたくらいです。絵本印刷のレベルにもこだわって、出版社にとっては厳しい要求をしたので、このように美しい絵本ができたんですね。

<<アルニカ>> 『アルプスの花物語り』より 1918または19年 ベルン美術館

<<結婚式>> 『花のメルヘン』より 1898年 ヴィンタートゥール美術館
Kunstmuseum Winterthur. Deponiert von der Schweizerischen Eidgenossenschaft, Bundesamt für Kultur, Bern 1904

『バッタさんのきせつ』(ほるぷ出版)見開きより <<みはりばん>> 1831年ベルン美術館

<<クロッカス>> 『アルプスの花物語り』より 1918または19年 ベルン美術館

(c)ProLitteris,Zürich

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エルンスト・クライドルフ(えるんすとくらいどるふ)

  • スイス・ベルン生まれの画家・詩人。コンスタンツの石版工房で修業をする。
  • その後、ミュンヘンの警察報に指名手配の犯人の似顔絵を描くことで生活費を得ながらミュンヘンの美術工芸学校で商業デザインを、さらに美術アカデミーで絵を学んだ。
  • 苦学生で、学生時代に体調を崩し、バイエルンの山中で長い療養生活を送り、そのときに触れた自然が、処女作『花のメルヘン』(1898)に大きな影響を与えた。
  • 生涯で25冊の絵本を制作し、そのほとんどは文章も自分で手がけた。
  • 1917年以降は再びベルンに戻り、この地で生涯を終えた。
  • ユーゲント様式の代表的な絵本画家とされる。

作品紹介

バッタさんのきせつ
作:エルンスト・クライドルフ
訳:佐々木 田鶴子
出版社:ほるぷ出版
ふゆのはなし
文・絵:エルンスト・クライドルフ
訳:おおつか ゆうぞう
出版社:福音館書店
くさはらのこびと
文・絵:エルンスト・クライドルフ
訳:おおつか ゆうぞう
出版社:福音館書店


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