歴史ある児童文学の同人誌「牛の会」に長年所属し、物語を書きつづけてきた著者による書き下ろし作品。昭和26年、戦後間もない東京を舞台に、昭和の庶民の生活が、小学三年生の主人公すずの成長と引き取った愛犬デルを通して活写される。富山の薬売り、ケロチン、とうさまの「魚の目」手術とマーキュロ、校歌の作詞、犬とのボール遊び、運動会の応援歌、夏の花火と幽霊、ベーゴマ遊び、黄金バットの紙芝居、写真機、祭りの屋台のヒヨコ、そんな昭和の光景が万華鏡のように描かれると同時に、父親の酒癖の悪さや、金銭にまつわる夫婦の攻防がリアルに、時にちょっとユーモラスに披露される。かみ癖のあるデルの失踪と事故、辛い顛末のあとにやってくる結末は、明るい希望に包まれ、著者の、すべての生き物へ注がれる真の愛情が伝わってくるようだ。また、『十五少年漂流記』『ハイジ』『小公子』『フランダースの犬』など、すずが折々に読む「少年少女世界文学全集」は誰にとっても懐かしく、きっと文学少女・少年だった読者の琴線にふれることだろう。児童文学の枠を超えた、「大人と少年少女のための」文学の誕生である。
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