どうすれば、ねこはとりやさかなたちとけんかせずになかよくすごせるだろう?
ぼくは想像してみる。もしもねこがそらをとべたら、うみをじゆうにおよげたら、のびのびとあそびたいかもしれない。でも、しずかにくらしていたとりやさかなたちはなんて思うだろう? どうしたら、だれかとあらそったり、きずつけたりしないでいられるだろう――
自由を求めて時に空を飛んだり、時に別の生き物に姿を変えたりするたびに、ねこは周囲の生き物とたちと摩擦を生んでしまう。自分の欲求に素直に遊ぼうとしただけのねこは、どうすればみんなと楽しく、仲良くやっていけるのか。世界中で分断と対立が進むいま、豊かに想像する心が他者との関わりや思いやることの大切さを刺激してくれる、優しさと想像力あふれるねこの絵本。
戦争を知る最後の世代として、長年国内外でアート活動を通じて世界平和の実現を伝えてきた黒田征太郎さん。絵本などでの作家業を通して、近年では日常の尊さを作品で綴ってきた西島三重子さん。混迷を極めるロシアのウクライナ侵攻やイスラエルとパレスチナの問題など世界中で対立や分断が進むなか、「命の重さ、等しさ」への想いをともに抱くおふたりが、反戦・平和への願いを込めて初めて共作した絵本です。 くり返しリズミカルに投げかけられる「もしもねこが〇〇だったら」というフレーズが、ページをめくった次にどのようなことが起こるかを、読み手にさまざまなイメージをひろげてくれます。無邪気にふるまうねこのストーリーを追いながら、目線を変えることで物事の見え方、相手の受け取り方が異なることへの想像力を刺激し、他者を思いやる気持ちを思い起こさせてくれる絵本です。
絵本はひとりの絵本作家が絵も文もつくって生まれることもあれば、
文と絵を別々の人が担って出来ることもある。
後者の場合、文と絵、どちらが先にあるのだろう。
それとよく似ているのが、楽曲の詩と曲の関係だろうか。
詩が先にあって曲がそれに合わせることも、またその逆で曲が先にできることもあると聞いたことがある。
絵本はどうだろう。
やっぱり文が先のような気がするが。
では、この『もしもねこがそらをとべたら』はどうだろう。
絵を描いているのは、自由な作画で多くのファンをもつ黒田征太郎さん。
文を書いたのは、「池上線」を歌ったシンガーソングライターの西島三重子さん。
絵本を読むと、やはり黒田さんの自由な絵がまずあるような感じがするが、
やはりこれは二人が共同で作りあげた作品だろう。
「もしもねこが空を飛べたらどうだろう?」、
そんなことからどんどん想像の翼が広がっていく。
「空を飛べたら小鳥をつかまえようとするんじゃないかな」
「もしもねこが花になったらどうだろう?」「それ、おもしろいね」みたいな、
そんな会話が聞こえてきそうな絵本だ。
だから。最後にある「そうぞうは いつか きっと ぼくたちに ちからを くれる」という一文が、すっと心にはいってくる、
それにしても、1939年生まれの黒田さんの自由な絵はどうだろう。
人間、こうでなくちゃ。
生きるって、こうでなくちゃ。 (夏の雨さん 60代・パパ )
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