ノラに〈黄金の心臓〉を手に入れることはできない。だから、棲み家にも帰れない。棲み家にいても、地面の上でも、だれに会ってもノラは、失敗することしかできない。心臓が暴れている。こんなにおどろきつづけているのだから、とっくに魔法は起きていていいはずだった。けれどもノラの心臓は、まともに脈を打つことすら、できないでいた。起こりかけてはねじまがり、消えてはよみがえる魔法が、ノラのなかで行き場を求めて吹き荒れる。 「……ああああぁあ」地面に顔をすりつけて、ノラは泣いた。涙で魔法がみんな溶けてしまえばいいと思った。そうすればもうノラは、どこにも行けなくなる。なにも望むことができなくなる。(ごめんなさい。最初から、なにもほしいなんて思わなければよかった。なんにも、しなければよかった)棲み家の北の塔で、じっとしていればよかった。足首の鈴が鳴ることがないように、じっといつまでも、息をひそめていればよかったのだ。そうしたら、なにも起こらずにすんでいたのに。 ……大きな魔法が働いて、ノラたちは〈あかつきの町〉の僧院にいた。言葉を話すゾウたちの僧院で、ノラは父の墓と、父が書き残した本がここにあることを知る。この町は、神炉の火をたくわえる研究をしていた人間たちの町だった。図書館で父の本を見つけるが、書かれていたことに打ちのめされるノラ。 ――ノラ。すべての魔女は、世界の器になる。器が必要になろうとしている。 おだやかなのに、その声はとても厳しかった。その響きは似ていた、〈ラ〉に、セムに、キサラに、ミダに、ホゥカに、ウラナさんに。たくさんの声に似ていて、けれども、だれとも似ていなかった。 ――あなたの歩いてきた世界の入れ物に、あなたはなる。その器が、世界を新しくする。 どういう意味なのか、ノラにはわからない。ただ、知らない響きのその声が、苦しくなるほどなつかしかった。 ――さあ、行かなくては。 ノラの肩を見えない手が押す。その力は、悲しくなるほどかすかだ。 食べものをもとめて暴走する神炉は、〈あかつきの町〉を破壊しながら、ゾウたちの僧院をめざす。生け贄になることから逃げ出した男の子・モモがいるのだ。リンゴはモモを守るために、神炉の前に立ちふさがる。そして、神炉は光の束となってリンゴを取りこんでしまう。リンゴは神炉に食べられてしまった。絶望するノラだが、シュユ・シンの助言により、リンゴを助けるためのただ一つの方法を選ぶ。 人間が飼いならすことはできない神炉。もう、神炉がいない世界を選ぶことはできない。でも、魔女が再び地上に戻り、人間と力を合わせることができれば。人と魔女がもう一度、話し合いを重ねながら、共生の道を考え続けることを始めよう――魔法の力をすべて失ったノラは、リンゴとソンガ、三人の姉たちと、再び旅を始める。地上で出会った人たちに、自分が何を見て、何を考えたかを伝えるために。それこそが魔女の仕事なのだ。
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