八ヶ岳山麓の村に暮らす小学六年生 武人(たけと)、竜也(たつや)、美穂(みほ)の三人は、村のおじいさんから聞いた秘密の洞窟に、この夏休み、家族にないしょで一泊する計画を立てる。農家を営むそれぞれの家では、毎年夏休みの間が繁忙期にあたり、彼らも手伝いに借り出される。三人にとってこの「冒険」は、親たちに対する密かな抵抗でもあった。 そして夏休み。森の中を何時間も歩き、ようやく洞窟を発見した三人は、そこが、かつて村で行商をしていたおばあさんが、たった一人で暮らしていた場所であったことを知る。このおばあさんは、ある日を境に消息を絶っていた。 三人は将来の夢などを語りながら、小学校生活最後の夏休みを、洞窟の中で楽しんだ。夜になり、三人は寝袋に入った。いつのまにか眠りに落ちたとき、「事件」は起こった。洞窟全体が、激しい地震のようなものに見舞われたのだ。 気がつくと朝になっていた。たがいの無事を喜び合ったのも束の間、三人は洞窟の外の景色を見て驚いた。森の緑のようすも違えば、昨日ははるか遠くにながめることのできた、自分たちの村が消えてしまっているではないか。「ここは、いったい何処なんだろう。ぼくたちの家族は、何処へ消えてしまったんだろう。みんな、死んでしまったのだろうか……」。 恐怖と不安におののく三人であったが、たがいを信頼しあい、勇気をふるいながら、この「冒険」に立ち向かっていくのだった。 ――縄文時代にタイムスリップした小学生三人が、友情を確かめ合い、家族のきずなや、ほんとうの豊かさ、そして自然との共生について思いをめぐらす、長編冒険物語。装丁家、エッセイストとして活躍する著者が書き下ろした、初めての児童文学。
児童書にもエンタメの波が押し寄せるなか、芯を持ってきちんと描かれた一冊でした。
縄文時代にタイムスリップという珍しい設定に惹かれてチョイス。
だいぶ下調べされているようですが、物語に組み込まれていたので全然気にならず。
またいろいろ大人の考え方も詰まっていたかもしれないが、子供たちの(現代での)生活ぶりや家庭、人物像がしっかり描かれていたために説教くささや唐突さを感じず自然に堕ちていった。
それは私が実際に子供時代から考えてきたことであり、現代の甘やかされた子には珍しいかもしれないが、ごくごく普通に納得できる成長でもあった。
おもしろかったのが、とにかく3人が逞しいこと。
普段から畑仕事を手伝ったり山や川と大人から教えられているから。これは田舎生活を知る者なら日常のことである。
また生きるために狩ること、生きるための性差など、縄文時代で学んだことも多かったようで、この3人と同じ12歳前後でこんな本を読んでくれる子供はどれだけいるだろうか。読んで欲しい。そしてお金を払ってレジャーで体験するのではなく、日常としての自然に身を置いて欲しいと願う。
ところで節婆を放って来てはだめじゃん。ばあさんが何を言おうが、とてつもなく満足しているわけでない表現があったのだから、努力はしてあげようよ。
ま、そんなことで、命はこうやって続いているんだね。マララさんのおかげで外国での女の子の立場について有名になったが、日本の昔もこんなだったよね。
作者の他作品を読んでみたくなりました。 (てぃんくてぃんくさん 40代・せんせい 女の子13歳)
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