吉野弘詩集」 パパの声

吉野弘詩集 著:吉野弘
出版社:角川春樹事務所
税込価格:\748
発行日:1999年04月
ISBN:9784894565173
評価スコア 4
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  •  遠い昔、中原中也が好きだった。
     「中原中也の詩だろう」と問われれば、「いや、中原中也その人が」と答えたい。
     巷間に知られた恥じらったような美少年の写真といい、長谷川泰子という女性を小林秀雄ととりあったことといい、若くして亡くなったことといい、中也そのものが詩であるような気がする。
     まさに「汚れつちまつた悲しみに」だ。
     中也そのものがある意味詩人の典型のように思っていた。
     それからたくさんの水が橋の下を流れ、中也が亡くなった年齢もとっくに越してしまって、どうもそうではないのではないかと気づいた。
     詩人であれ、まっとうな社会人であり、家庭人たりうる。
     そんな詩人の一人は、吉野弘であることは間違いない。

     吉野弘といえば、「祝婚歌」といわれるほど有名な詩がある。あるいは教科書にも載った「夕焼け」という詩も広く知られている。
     この詩集にはそういう代表作も収録されているが、吉野弘の単独詩集であるから、目にしたこともない詩も多いだろう。
     例えば、私は「生命は/自分自身だけでは完結できないように/つくられているらしい」という節で始まる、「生命は」という詩が気にいった。
     その詩の最後はこうだ。「私も あるとき/誰かのための虻だったろう//あなたも あるとき/私のための風だったかもしれない」、そんな虻と風が出会って、「愚かでいるほうがいい/立派すぎないほうがいい」という「祝婚歌」の世界につながっていくのだろう。

     もうひとつ、この詩集の特長でいえば、言葉遊びの詩が数多く収録されていることだ。
     言葉遊びといえば谷川俊太郎が数々の詩を発表しているが、吉野弘も負けてはいない。
     気に入ったのは、「主婦」という詩。「婦」という言葉を分解して、「主(おも)に帚(ほうき)を使う女」と読めることに詩人はそうではないと異議を申し立てる。「主(あるじ)に帚(ほうき)を使う女」。
     詩人の目の鋭さと文字に対するセンスの良さを感じないだろうか。

     吉野弘に「「汚れつちまつた悲しみ」は隠されているが、もっともっと読まれるべき詩人だ。

    投稿日:2015/06/25

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