能「隅田川」を美しい日本画の雰囲気で絵本にした一冊。
人さらいに子どもを奪われた母親が、わが子を探して旅に出る。隅田川のほとりで子どもが死んだという噂話をきき、真相を確かめようとするが…
巻末の解説によると、このお話は民間伝承をあつめ、舞台で演じる戯曲として室町時代に世阿弥の長男(観世十郎元雅)によって書かれたという。実に救いようがない悲しいお話だが、当時、このような不幸な体験をする親子は少なくなかったのかもしれない…と能楽師の片山氏は述べている。子どもを持つ人も、持たない人も、この話を読んで、なにか心に深く思うところがあるのではないか。
私はこの物語を、静かで美しい絵を通して体験し、一人の人が悲しみや苦しみ、絶望のために少しずつ心が壊れていく様子が感じられた。実際に、最初のころの母の華やかな時代の姿と、子どもを捜した長旅で疲れていく姿、絶望していく姿は、画家が実に見事に描いている。上品な雰囲気であるが、しっかりとはっきりとくたびれて擦り切れていく様子、狂っていく様子がどんどんにじみでてくる。あまりに切ない。
実際に舞台で使われる能の面を思わせる描写が見事だ。
小さい子どもよりも、ある程度年のいった大人のほうが、より味わい深く感じられる作品だと思う。
また、能楽や古典作品に親しみたい初心者向けにもよいと思う。