もしその人がいなければ、ある世界の様相が随分ちがっただろうと思うことがあります。
松居直(まついただし)さんは間違いなくそんな一人です。
もし松井さんがいなければ、戦後の児童文学、特に絵本の世界はまるでちがったのではないでしょうか。
『ぐりとぐら』や『だるまちゃんとてんぐちゃん』といった、今でも読み継がれる絵本にも出会えなかったかもしれません。
この本はそんな松井さんが月刊誌「母の友」に2009年から2011年にかけて連載した自伝風エッセイです。
のちに福音館書店を立ち上げ多くの絵本や児童書の出版に携わることになる松居さんの本との出会いは、寝る前に母が読んでくれた絵本だといいます。
その時のことを松居さんは「日本語の最高のことばの世界を、幼児期に耳から聞いたということ。これがかけがえのないことだった」と書いています。
それとよく似たことを松居さん自身が子を持って体験しています。
まだ1歳になったばかりの子供が先日読んであげたばかりの絵本をまた読んでとねだったというのです。
字が読めなくとも、絵と声で面白い世界を感じ取ったのでしょう。
この本では幼少の時から大学、それからふとした出会いで金沢の小さな出版社に就職し、やがて福音館書店として子供の本の出版に携わっていく姿だけでなく、その後石井桃子さんやかこさとし(加古里子)さんなどの絵本作家との出会いと交流も綴られています。
本の最後に、松居さんはこんな文章を綴っています。
「子どもの本の出版というのは未来志向だと思うんです。どういう人間に育つように絵本を、あるいは本を、児童文学を、子どもたちに渡していくかということ。」
この本は、もしかしたら松居直さんから私たちに渡されたバトンなのかもしれません。