●リアルな質感にこだわって
─── 最後のページは、すごくいいですよね。このクッキーがすごいリアルで美味しそう!というのは勿論、僕が、真上にいるんだっていう状況も浮かびあがってきて。
中村:そう、逆にそのかかわり合いみたいものがないと。ただ見るだけじゃつまんないですしね。このクッキーを描く時も、なかなか大変でね。
─── 実際に作られたとお伺いしました。
林:そうなんです。実際にクッキーを家で作って。それで金づちで割ったんです。
中村:ずいぶんいっぱい作って、幾つも砕いて。
林:少し大き目に作って、真ん中からパーンと割ってね、右の形は、これは残したいな、いいなっていう感じで、みっつぐらいをバランスよく選んでね。それで位置をある程度決めて、写真に撮って。それを見ながら書いたんです。
最初に描いた時はね、ひどいよねぇ、「泥に見える」なんて言われて(笑)。それから3回目にはね、「ジャガイモの皮に見える」って。ラベルも何もなくて素のままだから、素焼きと同じですよ。だから、断片描いていると自分の絵は石に見えてくる。ところが、現物を見ると、クッキーに見えるわけですよね。それで、技法も色々考えてみて。1回絵の具で描いて、そこに筆に水を付けてね、絵の具をブルブルってやって吸い取らすんですよ。で、もじゃもじゃとした感じが、クッキーに似ているんじゃないかなと思って描いて、1枚描いたらやっと「見える」って。更に粉をふいた感じでちょっと加えてみたりして。
これが自分のね、もうベストだと思って描きまして。自分は、二度ともうクッキーは描きたくないという感じで。
一同:(笑)。
林:質感が表せないと、ありがいくら来てもね。ありが「おいしい食べ物だな、甘い食べ物だな」というのを思わないと、絵本としてもまとまっていかないですからね。
─── ビー玉の場面もやっぱり質感にこだわって?
林:これはもう、ガラス玉だから、このガラスの感じを描くのは、クッキーよりは易しいですね。あんまり写真みたいにきれいに出来すぎちゃまずいから、一番きれいな出来上がりの手前の段階で。
─── 本当!よく見てみると、縁が少しぼやけて描かれているんですね。
中村:輪郭も真ん丸というのではなく、少しポチャってして。
林:これでもちょっと、きれい過ぎるのかもしれないですけど。「写真でしょ?」って言われる事もあるんだけど、やっぱり写真に見えちゃうとちょっと。「これ、描いたんでしょう」っていうぐらいのリアル感が一番いいんですけどね。
─── そのビー玉がありの行列に登場するシーンは鮮烈ですね。
中村:やっぱり最初に、赤い玉が目に入ったほうがいいだろうっていうことで、最初のところは赤のビー玉にしたんですね。
─── きれいに列を作っていたありさん達がパッとあちこちに広がる様子とか、また元の列に戻っていく様子なんかが、さり気ない事なんだけど面白くて。そういうのはやっぱり、実際に観察をされたりしたのですか?
中村:そういう観察は、小さい時に経験していますから。子どもの時は、「どうしてありは、前のありに付いて行くんだろう?」みたいに思いますよね。あれは、ありがお尻から誘因物質みたいなものを出すので、そのにおいで付いて行くらしいんですよね。小学校の何年生かの時に、それを聞いて、「あ、そうなのか」って子ども心に納得した覚えがあるんです。だから、迷わずに前に付いて行くんだって。
でも、ありの行列を見ていると、可愛らしいって思う時もありますけど、ちょっともの悲しいところもありますよね。ひたすら歩いて行くその健気さが、何か可哀そうな感じがして。組織のストレスないのかしらみたいな。
─── そうかもしれませんね。でも、この絵本の中のありにはそんな雰囲気はなくて。
中村:観察している子どものまなざしで描いているのだけれど、あんまり実際にその通りに描いちゃうと、ちょっと残酷と言いますか、不気味な感じになっちゃうから、ユーモラスな雰囲気も出してね。ビー玉に驚いて足をひしゃげさせたみたいな。
林:こういう慌てているところの感じは、実際にありはそうなっているかどうかっていうのは、また別で。
中村:こんなふうにならないですよね。こんな足の形になることはあり得ないです。
林:驚いたり、ちょっとうれしそうな表情をしたり・・・。それがないと、固くなっちゃうからね。全体的に一本調子になると困るので。気持ちを表わしているというのもあるんです。
●色とデザインへのこだわり
─── ありの行列の絵と字のバランスっていうのも、すごく大きいのかなと思うんですけれども。そういう部分のこだわりはいかがですか?
中村:ほかには何も要素がないですからね。例えば、色々と絵が描き込まれているようだったら、それ程でもないですけど。結局この本は、文章とこのありしかないですし、色もピンクと黒しかないですから。その辺はやっぱりこだわりました。行列を配置する時には、例えば、「はみでない」という文のところは、ページの上ぎりぎりにしてもらうとか、「あ、ななめ、これは絶対やりたいな、いいな」とか。
林:最後はもう、一直線に行った方がいいと。目的物が見つかった時はもうまっすぐに。
─── なるほど。絵本の中でありさんがどう進んで行くかというような事は、ご一緒に考えられたりするんですか?
中村:画面の中をこう行ったりとか、とにかく端っこを行列だけで行きたいなど、最初にそういうレイアウトの希望は私が言うんです。じゃあ、このページにこう来たら、次はどう行くかみたいなのはすごく相談しますね。ここで上に行ったから、今度はこっちに這わせたいみたいなことを。ですから、この本の場合は、最初にイメージはもう決まっていて。「あとは絵を頑張って下さい」って。
一同:(笑)。
─── 表紙の色の鮮やかなピンクがすごく印象的。絵本の中のデザインが出来上がってから決定されたのですか?
林:中のページが白で単純明快ですからね。外側の表紙を複雑にしたり、分かりにくくするとバランスが悪くなるので、中の延長線上で考えて。
中村:描き込まないで、シンプルに、簡潔にね。
林:でも、色は冷たい色じゃなくて、最後に登場するクッキーに合うお菓子のイメージ、お菓子屋さんのイメージでピンクにして。
中村:アマンドみたいな色ですね(笑)、色味的には。(有名な洋菓子屋さんのイメージカラーも鮮やかなピンク!)
林:マゼンダ100パーセントっていう、こんな色を使ったのは初めてでしたね。クッキーというので、オレンジ系というのも考えたんですけど、やっぱり甘いピンクのほうがいいかなって感じがして。子どもっていうことがありますよね。まずは子ども好みっていうイメージもあって。
─── その色味自体に甘さとか、雰囲気とか、そういイメージがあるということで使われているんですね。
中村:中がけっこうクールなので、外側は甘ったるく。表紙も同じイメージだったら冷たくなってしまうでしょうしね。
林:他の本と違った方が、パッと見て目立つというのもありますけどね。
─── この表紙の字体も林さんがデザインをされているそうで。
林:そうですね。最初は普通の活字を使っていたんですけど。これは、一度太いマジックインクで、「あ」からずっと書いて、ある程度スタイルがこれでいいなというのを選んで、置いてみて。書面にしたときに、これでいいかなと決めてから、それをトレースして。それで、柔らかく描きすぎたものを、固めにまとめたんですね。ただ、あんまりそれも、冷たい感じじゃなくて。そうやって「あ」から「ん」まで全部作っています。そのあと片仮名、平仮名を作って置いてあるので、それで文章もまとめようと思えばまとめられたんですけどね。実際にやってみたら、作り過ぎた感じでよくなくて。結局、中は活字なんですけど。今後、機会があれば、それを文章にもできるかなと思って自分でファイルしてあるんですけどね。
中村:その辺は、この人はイラストレーターじゃなくてデザイナーですから、職業柄そっちのほうのこだわりが強いですね。
─── この帯の文章は中村さんが考えられたそうで!すごく効果的ですよね。ああ、そういうふうに読めばいいんだっていう導入をしてくれる。プロの方にはとても失礼なんですが(笑)、さすがと思ってしまう。
中村:ええ、これはちょっと苦労したんです。自分のものに帯のコピーを付けるというのは、いいのかしらっていうためらいがありましたので。でも、まあ、やらせていただいて。自分のものを宣伝するみたいな感じは避けて、「見つめることや見守ることは愛することに通じる」という思いを込めました。
▲帯文の前、後より。
●完成してみて・・・
─── 子どもたちにはどんなふうに楽しんでほしいですか?
中村:やっぱり、今のお子さんというのは、マンションの上の階に住んでいる方も多いですよね。昔だったら、ありなんかは誰でも一度は見たことがあるんじゃないかと思うんですけど、庭もなくアスファルトの道を通って幼稚園へ行くようなことがありますから、そういう機会が減ってますよね。こういう絵本をきっかけに、どこかの道を歩いたときにありがいて、「あ、ありだ」なんて目を止めてくれたら嬉しいな、と思います。まずはそれがきっかけになって、更に行列まで見つけてくれたら、すごく嬉しいですね。今はなかなかね、そういうのを見る機会もないんじゃないかって思うんです。
─── 完成してみて、面白かったとか、大変だったという部分はありましたか?
中村:作っているときはそれなりに頑張って大変なつもりでいて、このページをもっと良くできるかな、というのがありますね。できてしまうと、「あ〜、こんなものか、大河の一滴」って感じなんで、ちょっとがっかりするんですけど。
一同:(笑)。
─── じゃあ、わりとできあがる工程を楽しまれているんですか?
中村:そうですね、どっちかって言えば、そう。でも、たくさんある絵本の中の1冊ですから、「この絵本がどこかで目に止まるかしら」っていう思いがいつもありますね。
林:作っている時が一番盛り上がるというのは、誰でもそうじゃないですか。絵本ができたときは、今までで一番いいものができたと思って、やっているんです。
中村:この人はね、いつもそう言っているんです。
林:もう、その時期はね、これが一番いいものだって思ってますよね。
中村:平和な人です。
一同:(笑)。