●インパクトのある黒い表紙
─── 私をはじめ、『おしいれのぼうけん』を子どものときに読んだ大人からすると、やっぱり「ねずみばあさん」のインパクトがすごく強く残っているんですよね。それから「黒い表紙の絵本」ということ。この黒い表紙というのも、当時としてはすごく冒険だったと思うのですが。
表紙は文章も絵もできあがって一番最後に決めたんだけど、絵本の中身を象徴するものが表紙だという思いが私の中にはあります。『おしいれのぼうけん』のテーマ、象徴は「手をつなぐ」ことです。だから表紙はさとしとあきらが手をつないでいて、その周りを虹が囲んでいる。黒はおしいれを表現しています。絵本のテーマを表現するためには黒が必要だったのです。最初から黒い表紙の本をつくろうって思って作ったわけではありません。
─── 今お話をうかがっただけでも、長い時間をかけて、取材を重ねて完成した作品ということが分かるのですが、発売当初からこんなに長く愛される作品になると思っていたのですか?
童心社としては古田さんと田畑さん、お二人にやってもらえるってこと自体がすごいことだったのです。絵本が完成したとき、社長がお二人に「いい本が出来ました。10万部は売ってみます!」ってお礼を言いました。そうしたら古田さんと田畑さんは顔を見合わせて、「10万部なんて売れますかね〜」って(笑)。私もこんなに売れると思わなかったです。
●ロングセラーの必要性と『おしいれのぼうけん』の意味。
─── 1974年の発売から約40年、200万部を突破するのですが、今でも読まれている理由は何だと思いますか?
以前ね、古田さんと田畑さんに「何で『おしいれのぼうけん』はこんなに売れるんでしょうか?」って聞いたことがありました。そうしたら「やっぱり、ねずみばあさんだよね」って。
でも、ねずみばあさんが怖いから人気を得ているわけじゃなく、こわいねずみばあさんを子どもたち自身が力を合わせて退散させていくところが快感なんだと思います。例えば、ゴジラとか戦隊モノとか、ヒーローが助けてくれる話は40年前にもあったけれど、子どもたちが窮地に陥ったときはヒーローが助けてくれるのよね。子ども自身は何もできないの。それは『おしいれのぼうけん』に描かれている世界とは根本的に違います。恐ろしいことに立ち向かって戦うことで、さとしとあきらは力を得る。だから、「ボクたち悪くない!」って言えるわけよね。
絵本自体は40年近く前のお話ですから、保育園の様子は今とは違う部分もあるでしょう。でも、ねずみばあさんに象徴される恐怖、不安というのは子どもだけのものではなく、人間が持っている不安です。その不安は悲しいことに40年前より今の方が強くなっていると思います。地震があって、津波があって、原発の不安があって…その写真や映像がメディアを通じて子どもたちの目に触れて。大人だって不安を感じるのですから、子どもはその何倍も敏感に感じていると思います。そんな不安がなくならない限り、ねずみばあさんがこの本にいる限り、『おしいれのぼうけん』はずっと売れていくんだろうなぁって、今は思っています。
─── 『おしいれのぼうけん』の持つ恐怖に打ち勝つ力は、今だからこそ子どもたちに伝えなきゃいけないんですね。
そう思いますね。時代と無関係には作品は生まれません。今の時代にリアルタイムで生まれた作品が『おしいれのぼうけん』と同じように、力強いメッセージを投げかけてくれたら良いと思います。でも、そういうことを真正面から描くのって実はとても難しいです。
─── 確かに、そう思うと、まっすぐ伝えることの出来る時代に生まれたロングセラーの必要性やロングセラーが読まれ続ける意味が分かってきますね。
私は、物語を描こうとする若い人たちはまず、ロングセラーを読んだほうが良いと思うの。ロングセラーや古典に込められている普遍性は、大切なものですから。そこに込められているものを見つめることが出来る人が本当の作家といえるんだと思う。それは私のような普通の凡人にはできない作業。でも古田さんや田畑さんを始め、私が出会ってきた本物の作家や画家の方はみんなその力をおもちです。
●仕事を持つ女性として今の働く女性たちへ。
─── なんだか今の作家や画家の方が刺激されそうな話ですね(笑)。
お話を聞いていると、酒井さんご自身が『おしいれのぼうけん』を作ることで、すごく悩まれて、考えて成長されている感じがしました。
編集者になるか、仕事を辞めるかという瀬戸際にいた私にとって、この作品は、編集者の役割、著者との関係、本当の作家というものを教えてくれた、私自身のアイデンティティを確立させてくれた作品だったわね。当時は苦しい、苦しいばっかりでしたけど(笑)。
「大変な著者と大変な作品をやりなさい」って、私はいつも若い編集者に言います。作家にきりきり舞いさせられて、苦しい苦しいって何度も思って、だけど編集者には持っていない、作家性がある人と仕事をしないと大成しないって私は今でもそう思っています。
もちろん、これは編集者だけにいえることではなくて、若い人ならどんな仕事についている人でも同じではないでしょうか? 仕事から掴み取るには大変な思いをしなければ自分のモノにはならない。大事なものって簡単には手に入らないのよ。
─── 私も働く女性として、メッセージをもらったように感じます。
最後に読者の方にメッセージをお願いします。
『おしいれのぼうけん』をよんで、子どもと一緒に大いに冒険してほしいし、楽しんでほしい。それだけかしら(笑)。
『おしいれのぼうけん』が生まれた経緯そのものが冒険でしたからね。
─── ありがとうございました。
(編集協力:木村春子)