
東京の西の郊外に敷地が隣接する小学校と中学校がありました。 敷地はフェンス1つで仕切られていました。 ところがある年、小中一貫校として新たに歩みはじめたのです。 フェンスは取りのぞかれ、1つの大きな敷地のなかに、 それまでの小学校と中学校の校舎を1つにつなぐ 中央接続棟ができました。このため、廊下の長さは200メートル。 もともと、子どもたちのための防犯対策や、 地域の環境・衛生などの問題など、 学校が抱える多くの課題について、2つの学校はそれぞれで 対策を取っていましたが、今では、さまざまな問題について、 より合理的に問題解決にあたることができるようになりました。 そして、1年生から9年生が長い廊下でつながった校舎で学び、 大きな校庭をいっしょに使用しています。
でも、ここに至るまでには実にさまざまなことが検討され、 長い話し合いがおこなわれ、しっかりと手続きを とらなければなりませんでした。
『最後の授業』という短編小説があります。 これは、フランス第三共和政時代の初期、1873年に出版された アルフォンス・ドーデの作品で、フランスとドイツの 国境地域に位置するアルザス・ロレーヌ地方の ある学校の授業について書かれたものです。
「私がここで、フランス語の授業をするのは、これが最後です。 普仏戦争でフランスが負けたため、アルザスは、 ドイツ語しか教えてはいけないことになりました。 これが、私のフランス語の、最後の授業です」と。
この地方では、ローマ帝国に支配された後は、 歴史の中で幾度となく争いがおこっていましたが、 1871年に普仏戦争でフランスが敗れると、 その一部がプロイセン(ドイツ帝国)のものになりました。
第二次世界大戦後の1950年、この地方の石炭・鉄鋼産業を めぐって、フランスとドイツに加え、イタリア、 ベネルクス3国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)の 6か国で共同管理していく方向で話しあいがまとまり、 1951年には欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が誕生。 1958年には、ベルギー、フランス、イタリア、 ルクセンブルク、オランダ、西ドイツの6か国が 欧州経済共同体(EEC)をつくりました。 同時に、欧州原子力共同体(EURATOM)が設立されました。 1967年には、ECSC、EEC、EURATOMが、 ヨーロッパ共同体(EC)へと統合され、そこへイギリス、 アイルランド、デンマ…
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