徳川中期、農村が疲弊し、都市部の商人が力を持ち始めた転換点。老中首座の重責を担う田沼意次には、貧民を虐げる血も涙もなき重税、汚濁にまみれた賄賂政治と非難と悪罵が降りかかる。――悪政の動かぬ証拠を掴むため、反田沼派より勘定方に送り込まれた河井保之助だったが、調べれば調べるほど、田沼の重商主義的政策や農地拡張のための印旛沼手賀沼の干拓事業には道理があり、しかもなんの不正の痕も出てこない。やがて、田沼暗殺の実行者の一人として動くよう指示される。保之助の友人青山信二郎はさる筋からの指令で、田沼の政治を取り上げて根拠のない悪口雑言を流布させ続けていたが、原稿を押さえられ、江戸城への出頭を命じられた。田沼に会ってみると、見事な人物であった。信二郎は筆を断ち、追われる身となる。将軍家治の鷹狩りの折に、ふた組の暗殺者が田沼の命を狙っていることを聞きつけた信二郎は、意を決して田沼意次の中屋敷を訪ねる……。まったく新しい視点から、絶望の淵にあっても、孤独に耐え、改革を押し進めた田沼意次という不屈の人間像を、時流に翻弄される男女の諸相を通して描く歴史名編。文字を大きく組み直し、カバーを新装し、主要登場人物一覧と注解を付した新編集でお届けする。
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