『土台穴』『チェヴェングール』と並ぶ代表作 プラトーノフが一九三三年から三六年にかけて執筆した長篇『幸福なモスクワ』。この「モスクワ」とは、当時、スターリン体制下で社会主義国家の首都として変貌を遂げつつあった都市モスクワと、そこから名前をとった主人公モスクワ・チェスノワをあらわす。彼女は、革命とともに育った孤児であり、美しいパラシュート士へと成長していく。来たるべき共産主義=都市モスクワを具現化するような、大胆で華やかな女性として活躍するモスクワ・チェスノワだが、思わぬアクシデントによってその嘱望された前途は絶たれる。だが、彼女の新たな人生と物語とが始まるのはむしろそこからだ。 モスクワの街を彷徨するモスクワ・チェスノワ、その彼女を取り巻く男たち――ソヴィエトの行政官ボシュコ、小市民コミャーギン、機械技師サルトリウス、医師サンビキン――は、彼女の言葉や振る舞いに触発され、思索し、対話し、自らの進むべき道を模索する。モスクワを中心に世界は回転する――自らの思い描く共産主義の理念と、ソ連社会の現実との狭間で苦闘したプラトーノフの軌跡がここにある。特異な世界観と言語観で生成するソ連社会を描いた作家の「未完」の代表作。
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