著者は、東京オリンピックの開催された昭和39年生まれ。日本の高度成長期を目の当たりにして大人になった世代といえます。また、実家が小商いを営んでいたので、小説の舞台となる和菓子屋の商売の浮き沈みを身をもって体験してきました。昭和から平成に時代が変わる中で、小さな商店が生き残っていくのは容易なことではありません。しかし、主人公の老夫婦が切り盛りする「うさぎや」は、何とか今まで持ちこたえてきました。毎年、春になるとやって来るつばめが店の軒先に巣をつくるうちは、店を閉じることなどできないと思っているのです。 つばめの到来に励まされ生きてきた老夫婦にとて、いつしか「うさぎや」そのものが、つばめの巣のように思えてきます。三人の息子たちが、大人になって「うさぎや」を巣立ったあとも、いつかは戻ってきてくれるのではないかという期待を抱いています。また、孫のさとるや、近所に住む幼い少女まみの存在も、老夫婦が店を守る生きがいになっていきます。 しかし、菓子職人の夫の体調が優れず、いよいよ「うさぎや」を閉じる決意をしたとき、老夫婦はあることに気づきます。自分たちは、巣立っていく者(息子や孫たち)たちを引き寄せるために、本当は店を続けてきたのではないかということにー。新しい人生の決断をした今こそ、自分たちが「うさぎや」を巣立つ番であると確信したのです。 昭和の子供(三人の息子たち)も平成の子供(孫のさとると少女のまみ)も、「うさぎや」で老夫婦の愛情に見守られながら、親子の関係や家族の絆の大切さを学びます。そして、巣立ちの日に備えて成長していきます。しかし、やがて独り立ちしても、愛してやまない「うさぎや(=つばめの家)」を心の拠り所として、強い絆で永遠に結ばれるのです。
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