芥川龍之介の名作です。
子どもの頃の教科書の記憶と、ラジオの朗読がとても印象に残っているのですが、視覚的に見たことはなかったので、この絵本に出会って感慨深いものがあります。
小田原熱海間にまだ鉄道が通っていなかった頃、軽便鉄道敷設の工事が始まり、トロッコで土を運搬するのが、少年時代の良平にはとても刺激的な出来事だったのです。
そして、トロッコは魅力的な乗り物であり、働く人々はあこがれだった…。
弟たちとトロッコをちょっと動かしてみることがとても冒険だったのです。
トロッコに触ると怒られると思っていたのですが、良平はトロッコを押すことを許してくれた男とトロッコを押し始めます。
男たちと一緒に労働に対する一体感と、認められたことへの喜び、未知の世界に踏み込んでいく感動、良平は英雄にでもなった感覚だったのでしょう。
ところが、遠くに来過ぎてきてしまったことを感じ始めると、感動はしぼんで不安感が勝ってきました。
心の動きがとても見事に感じられるのです。
そして、突然男たちから「帰れ」と突き放されてしまいます。
必死の思いで家路を急ぐ良平。
たどり着いた時には我を忘れて母親に泣きながら抱きついたのは、昔。
26の年に妻子と一緒に上京した良平は、時折その時を思い出しては人生そのもののように感じるのです。
芥川龍之介の名作で、隅々まで丁寧に描かれているのでコメントをしても浅薄になってしまうように思います。
今回この絵本で素晴らしいと思ったのは、芥川龍之介の名作を視覚的に楽しむことができたことです。
縮緬布に友禅染めと蝋纈(ろうけつ)染めの技法を駆使して手書きで染め上げた染色画という宮本順子さんの労作が、良平の心象風景、回顧を見事に表現していて、絵本でありながら動きと音を感じさせる作品に仕上がっていると思いました。
今の子どもたちは芥川龍之介をどのように読むのでしょうか。
注:この『トロッコ』を授業で読んだのは自分の世代までのようです。