ナチスに強制収容されようとしていたユダヤ人のカブラン一家の、ぎりぎりの逃亡。
リトアニアの国境を越えてソ連、日本、カナダと生きのびた危機一髪の逃亡。
戦争を語るには、様々なことが詰め込まれた一冊です。
杉原千畝が出てきました。
武士道精神で日本の国策に逆らってまでも、ユダヤ人たちにビザを出し続けた領事でした。
その杉原千畝が領事館を退去しなければならなくなった、その日の退去する車に駆け寄って手に入れたビザでした。
カブラン一家はユダヤ人でしたが、奥さんはソ連人。
同じようにはビザを習得できず、家族の中で孤立してしまいます。
ソ連もまた反ユダヤでした。
ソ連に入ることだけを許可されたお母さんのビザで、列車にのってソ連を横断する家族。
ソ連人の馬鹿にしたような仕打ちで、奥さんの荷物は取り上げられて…。
列車で知り合ったイゴールの友だち家族は、途中での下車を強いられて連行されていきます。
日本に渡るウラジオストクで、お母さんはカブランさんの残された蓄えの金と引き換えにビザを得ることができました。
やっとカブラン一家は祖父母の住むカナダに渡ることができました。
カブラン一家にしても綱渡りの上で手に入れた安堵。
しかし、この本はカブラン一家が多くの犠牲の上にいることも描いてしまいました。
多くのユダヤ人がドイツ軍によって収容所に送られてしまったのです。
杉浦千畝から得た「命のビザ」ですが、領事館の前で列をなしていた人々は、報われることはありませんでした。
お金と引き換えに得た母親のビザ。
カブラン一家のように富がある人間にだけできた道だったのでしょうか。
民族って何でしょうか?
家族がユダヤ人とロシア人であることからできてしまったひずみ。
家族の中にも国境はあったのです。
カブラン一家は、自分たちの得た命のそばに多くの犠牲があること、民族間の愛の矛盾について、忘れることはないでしょう。
今、平和であることも、薄氷の上にあることを、物語と絵と写真が語っています。
作者のウィリアム・カブランは物語の中のイゴールの息子です。
父親から受け継がれたものは、語らずにいられなかったのでしょう。