「それを見つけたのは十月初旬のことだった。」
こんな文章で、写真家星野道夫が綴ったのは、『アラスカ風のような物語』所載の「あるムースの死」という短いエッセイだ。
「それは絡まった角と頭蓋骨だけが残った、二頭のムースの姿だった。(中略)静止した風景が、ひとつの物語を語りかけていた。」
この文には一枚の写真がついている。いや、写真があって文があるというのが正しいだろう。(写真はこの絵本の裏表紙で見ることができる)
その写真に誘発されて、絵本が生まれた。
書いたのは星野さんの友人でもあった鈴木まもるさん。
「ムース」は「ヘラジカ」の別の呼び方で、同じ動物。
星野さんが見て、感じた「ひとつの物語」を、鈴木さんもまた星野さんの写真で追体験することになる。
闘う二頭の巨大な雄のヘラジカ。角がからみあい、やがて疲れた二頭を待っていたように襲うオオカミ。さらにそのオオカミを追い払い、冬季の栄養にありつこうとするヒグマ。
さらには小さな動物たち、厳冬の地で冬を越そうとする鳥たち。
鈴木さんは、最後に骨になったヘラジカの角の片隅にアメリカタヒバリの巣とひなを描いて終わる。
「ヘラジカを追いながら、ぼくはまたさまざまな動物たちに出会った。ヘラジカがドラマをもっているように、それぞれの動物たちもまたそれぞれのドラマをもっているに違いない。」
星野さんはまた別のエッセイにそう書いている。
一枚の写真、一冊の絵本が読者に語りかける、それはドラマだといえる。