言葉は広がる枝木のようなものです。
広がり、そこにつく葉、咲く花、実る果実。読者はどこまでも想像の翼を広げられる。
この絵本の作者宮内婦貴子さんはかつて映画やドラマで活躍された脚本家でした。
2010年に76歳で亡くなられましたが、この作品は1987年に書かれたものです。
それに、いせひでこさんが新たに絵を制作され、2015年にこの絵本が出来ました。
新たな生命の誕生です。
宮内さんは「おさびし山のさくらの木」と一人の旅人の話を書いています。
花は散るけれど、生命はめぐりくるのでまた会うことは叶いますというさくらの木の言葉を信じ、季節がもう一度めぐった春におさびし山を訪ねます。
しかし、さくらの木は切られ、風車になっていました。
呆然と泣くしかない旅人に光が差し込みます。
それはさくらの木であった光でした。
「もう花はさかないのですか」と尋ねる旅人に「さきますとも」と光は答えます。
「生命はめぐりめぐるものですから」。
宮内さんの言葉には繰り返される生命の尊さが描かれています。
その文章にいせさんは私たちが想像するような旅人を描きませんでした。
何を描いたかというと、一頭のくまです。
いせさんにとって、宮内さんが書いた「旅人」というのは人ではなかった。くまとして生きているものであったのです。
もとさくらの木であった、そして今は風車になった光の前にたたずむ一頭のくま。
それはまさに宮内さんの言葉に生命が吹き込まれた瞬間のような気がします。
私たちは言葉からもっと自由であるべきなのでしょう。
きっと一人ひとりに「おさびし山のさくらの木」があるかのように。