手抜きと思えるほどしぼりこんだ絵の中で、ひたすらにキャッチボールを続けるひろしとしろう。
転校生だというしろうの名字「ふくしま」に意味が込められているのでしょうか?
人が通りかかっても、夢中になってキャッチボールを続ける二人の時間は、ボールが工事中の穴に落ちたところで止まってしまいました。
翌日、穴が埋められてしまったことで、二人の時間は封じ込められてしまったように思えるけれど、しろうがいなくなったわけではない事がポイントのように思います。
最後のページにしろうがいないのが気にはなるけれど、二人がいれば大事なものは封じ込められてはいないのではないでしょうか。