宮沢賢治の童話の中でも、この「鹿踊りのはじまり」は、鹿たちが見たことのない手拭いの正体をめぐって、おどおどと、でも興味津々に近づいていく、滑稽で躍動感のあるお話です。その絵本の絵を、勢いのある筆致で伸びやかな動物たちを描いて国の内外で評価の高いミロコマチコさんが描くのですから、なんとも言い難い魅力の詰まった作品になっています。
足にけがをして湯治をしようと山奥の温泉に向かう百姓の嘉十は、途中で食べた栃の実団子を食べきれずに、鹿のためにと残していくのです。しばらく行ってから手拭いを忘れてきたことに気づいて戻ってみると、手拭いのまわりに六匹の鹿が集まっているではありませんか。不思議なことに、嘉十の耳がきいんと鳴って鹿のことばが聞こえるようになり、鹿たちが手拭いの正体をおっかなびっくり確かめようとしていることを知ります。そのやりとりの滑稽さ、しまいには手拭いが何も害を及ぼさない「干からびたなめくじ」とわかって踊りだす様子も、とても愉快です。
鹿踊りに誘われて思わず飛び出していった嘉十に驚いて鹿たちが逃げて行った後の銀色に輝くすすき野原の様子など、動と静を描き分けたミロコマチコさんの画力。これまでご自身が好きな題材で、勢いよく描いていらしたので、テキストに合わせて描くことは大きな挑戦だったと思いますが、賢治の童話の世界を十二分に伝えてくれています。
1924年(大正13年)の作品ですが、ミロコマチコさんが絵を描くことで、今の子どもたちにも手にしてもらえるのではと思います。