『あのころはフリードリヒがいた』の三作目です。
続編でフリードリヒと反対側にいた自分、積極的なヒトラー崇拝者であった僕が志願して戦争に出ます。
三作目にして、痛烈な戦争批判。
この作品を最後に、筆を折ったというリヒターの心からのうめきを感じます。
戦争に出た自分が目にしたのは、英雄としての兵士ではなく、戦争に翻弄される弱い人間だちでした。
三作目にして、ストーリー性は失われました。
本の中に羅列されるのが、志願して戦争に出た自分。
負傷して帰還できると思ったら、負傷兵のまま進級。
若い兵士でありながら、兵士たちを指揮する立場になっていきます。
本文を貫くのは、兵士としての自分のエピソード。
ストーリー性がなく、戦争の断片が生々しく戦争の地獄を訴え続けます。
脈絡があまりないから、かえって読者の心を刺すのです。
多分、これはリヒターの自分史でしょう。
そして、この作品を書き終えて、4作目はありません。
本当ならば、今の自分につながる作品を書いて欲しかったのですが、この作品で自分の過去をはきだしつくしたのでしょうか?
成長した自分を理解してもらうためには、三つの作品の中で一番伝えにくい作品かもしれません。