物語はひとつのきっかけから始まる。
一本の電話。食べかけのスープ。開きかけた扉。風に揺らめく灯り。
そこから何百何千何万文字の物語が始まる。
C.V.オールズバーグのこの絵本を読むと、そのことがよくわかる。
ここにある14枚の絵と題名、そして短すぎる説明文は、読むものに物語を予感させる。
ここから始まる。
そして、その物語はすべてあなたの物語だ。
14枚の絵は、30年前に出版社に預けられたものだという。
持ち込んだのは、ハリス・バーディックという男。
そんなことが本の「はじめに」で書かれている。
ここからすでにC.V.オールズバーグの魔法が始まっている。彼の物語に誘われたといっていい。
そして、1枚めの絵。
ベッドで眠っている男の子。開いた窓からいくつかの光がはいってきている。
付けられた題名が「天才少年。アーチー・スミス」。
短い説明文はこうだ。「小さな声が言った。「あの子がそうなのかい?」」
さあ、あなたならどんな物語を紡ぎだすだろう。
続く、2枚めの絵。
ぽっこり膨れた絨毯に向かって、椅子を振り上げている頭髪の薄くなった男性。
付けられた題名が「絨毯の下に」。
「二週間後にまたそれが起こった。」と説明文がある。
果たして絨毯の中には何かいるのだろうか。読者の想像を掻き立てる。
3枚めの絵は、水辺の少年と少女が描かれている。きらきらと水面に光が跳ねて。
題名は「七月の奇妙な日」、これだけでも十分ミステリアスだが、「彼は思い切り投げた。でもみっつめの石は跳ねながら戻ってきた。」なんて書かれると、一体このあと何が起こるのか気にかかる。
いや、物語は読者の手の中にある。
このあと、少年と少女に何が起こるのか、すべては読者に委ねられている。
だが、生きていくということは、C.V.オールズバーグのこの絵本に似ていないだろうか。
日々のちょっとしたことが物事を動かしていく。
そして、それがその人の物語を作っていく。
そんなことを教えてくれる、素敵な絵本だ、この本は。