谷口智則さん最新刊 全然違う「きみ」と「ぼく」の物語
今月刊行されます新刊絵本『ホッキョクグマのプック』。 現在アラスカを拠点に活動されている絵本作家のあずみ虫さんが、野生動物を取材して描かれた物語絵本です。 本作は、あずみ虫さんがアラスカに住むようになってから現地の生き物を題材にした、初めての作品です。
出版社からの内容紹介
さむい冬のある日。カナダの北極地方で、ちいさなホッキョクグマのあかちゃんが生まれました。おかあさんは、あかちゃんにプックという名前をつけました。春になると、プックははじめて巣穴の外にでます。はじめてみる外の世界は、とてもひろくて、みたことのないものがいっぱい! プックのだいぼうけんのはじまりです。
アラスカに滞在して制作をする絵本作家・あずみ虫が、現地で観察した野生動物たちの物語を描きます。小さな子どもから楽しめるストーリーで、動物への興味の入り口となる絵本。ホッキョクグマの親子のあたたかな愛情を、親しみやすいイラストで描きます。
監修協力:村田浩一(よこはまズーラシア動物園園長)
この書籍を作った人
1975年神奈川県生まれ。絵本作家、イラストレーター。安西水丸氏に師事。アルミ板をカッティングする技法で作品を制作する。2010年講談社出版文化さしえ賞受賞。絵本『わたしのこねこ』(福音館書店)で産経児童出版文化賞美術賞を受賞。写真家・星野道夫氏への憧れと野生動物への関心から、2018年よりアラスカに通い始め、現在はアラスカと日本を行き来しながら、作品を制作している。絵本作品に『ぴたっ!』『いもむしってね…』(福音館書店)『つるかめ つるかめ』(あすなろ書房)『わたしがテピンギー』(偕成社)などがある。
――アラスカで滞在制作された絵本と伺っていますが、どんなきっかけでアラスカに渡り、どのようにこの作品はうまれたのでしょうか。
20年ほど前から星野道夫さんの野生動物の写真やエッセイなどの文章にひかれてきました。
星野さんの作品には、野生動物たちへの愛のようなものを感じます。星野さんの作品を通して、アラスカの厳しい自然環境の中でひたむきに生きる動物たちの姿に魅せられてきました。何度も文章を読んだり、写真を見ては絵を描いたりしていました。
絵本の仕事をするようになり、ぼんやりと自分でも野生動物の絵本を描いてみたいと思ったのです。これまでのように写真を見て描くのではなく、実際にアラスカに行って、自分の目で見て体験したいと思うようになりました。それで思い切って、アラスカに行く計画を立てたのです。
ちょうどその頃、写真家の大竹英洋さんとお話する機会があり、アラスカに行く予定をお伝えしたところ、ホッキョクグマを観察するツアーへ参加しませんかと誘っていただいたのです。ホッキョクグマもぜひ見たいと思っていたので、ありがたくご一緒させていただきました。
ツアーへ同行したのは、カナダのチャーチルというところでした。カナダとアラスカは隣接していて、文化や生息している野生動物も非常に近いのです。
通常、ホッキョクグマを見るツアーでは、車の中から観察することが多いのですが、そのツアーは徒歩で観察できるというものでした。ガラス越しの観察ではなく、野生のホッキョクグマと同じ空間を共有し、接することができたことは私にとって、ありがたくとても大きな体験でした。
そこで出会ったホッキョクグマの親子がいます。その子グマは私たちに興味をもって、元気いっぱいに走り寄って来ました。
しかし、近づきすぎることは危険なので、ガイドの人が子グマに雪をかけると、子グマは慌ててお母さんの後ろに隠れました。でもやっぱり私たちのことが気になって、こちらをじっと見ていました。無邪気なこの子グマをとても愛おしく感じました。
その後も何度かこの親子を観察する機会を持てたのですが、子グマがお母さんに甘えて口をペロペロなめている姿や、くっついてお昼寝をしている姿など、いろんな姿をその親子は見せてくれました。
――その親子の姿が、絵本の元になっているのですね。
そうなんです。
親子の写真を撮ると、同じポーズになってしまうほど、子グマがしょっちゅうお母さんの真似をしていてました(笑)。何でもお母さんと一緒で、子グマは本当にお母さんが大好きなんだなと思いましたし、親子の愛情を感じて、このホッキョクグマの親子の絵本を作りたい!と思ったのです。
――実際の観察がベースになっているので、物語絵本ではありますが、しっかりとホッキョクグマの生態に基づいて作られているのですね。観察をして印象に残ったことなど教えてください。
鼻を高く上げてにおいをかいでいる様子でしょうか。
ホッキョクグマにとって、においをかぐことはとても大事なことなのです。鼻を高く上げて、空気中のにおいをかいで、目に見えない広い範囲で起きていることを把握しています。
死んだクジラか何かが浜にうちあげられた時にも、鼻を高く上げて、においを察知し、死骸を食べに出かけていました。
この絵本で出てくるようなホッキョクグマ親子も、オスのクマに出会い襲われないように、時々においをかいで、注意しながら移動していました。
――ホッキョクグマの子育ては、メスのみが行うのですね。この絵本を読んで初めて知りました。
本などによると、母グマによる子育ては2年ほどかかると言われています。その間に、狩りなど生きていくために必要なことを、母グマから学んでいきます。
――2年とは長いですね! 親子の結びつきがつよい動物なのかもしれませんね。そうすると、ホッキョクグマは親子で冬眠するのでしょうか。
メスのクマは数か月間、巣穴にこもって出産と子育てをしますが、基本的にはホッキョクグマは冬眠しないといわれています。
夏は氷がとけて海が渡れないのでエサがとりづらく、絶食に近い状態がつづくことがあります。ですので、夏は体力を消耗しないよう「冬眠」のように体温を下げるなど基礎代謝を低くして、活動を減らすそうです。
逆に冬になって海に氷が張ると、アザラシなどの獲物を狩ることができます。冬が近づいてくるとホッキョクグマたちは海岸に集まって、海に氷が張るのを待ちます。私がツアーに参加して観察したのも、そうした時期の海岸でしたから、たくさんのホッキョクグマと出会うことができたのです。
――動物たちがとても可愛らしく描かれていますが、どのような手法で描かれているのでしょうか。
アルミの金属板をはさみでカットして、絵の具で着彩しています。
アルミだと、紙では出せないざくざくとしたフォルムができ、エッジが光って立体感が出るのですね。
アルミを切る時に、下書きはしないで、まっさらな状態からカッティングするようにしています。その方がおもしろいフォルムになりますし、意図しないものが生まれるのがおもしろく、魅力ですね。
――雪の世界も、表情ゆたかに描かれています。
今回描いた動物たちは、ホッキョクグマ以外にも、シロフクロウやホッキョクウサギ、ライチョウなど、雪の世界にとけこむ白い動物がどうしても多いのですが、雪もただ白いだけじゃなくて、光の反射や、天気や時刻によっていろいろな見え方をします。子グマのプックが初めて巣穴から外に出るシーンでは、喜びを感じる、明るい日差しの雪の世界も見せられたらいいなと描きました。
――オーロラの場面がすごく印象的ですね。
いきものたちを慈しむ、愛情をもってみつめている大きな存在を絵から感じます。とても素敵な絵ですね。オーロラも実際にご覧になったのでしょうか。
アラスカにはじめて行った4年前に見たオーロラが強く印象に残っています。
ひとりで森のなかのロッジに泊まっていて、夜は濃い暗闇の世界でした。
外に出ると夜空が白っぽく曇っていて、オーロラは見られないと残念に思っていたのですが、空の端の方が妙に発光してきたのです。不思議に思ってよく見上げると、実は空が曇っていたのではなくて、空全体を大きなオーロラが覆っていたことがわかりました。
光はそのうち端から中心へと集まって強くなっていき、端からはカーテンのような光があらわれて、また巨人の手を思わせるような光も降ってきました。
とても怖く、美しくもあり、宇宙を感じるような、異次元の本当に不思議な体験でした。
この絵本のオーロラの場面で「そらが おどっている」とプックが言いますが、初めて私がオーロラを見たときに思った言葉なのです。
――まさに実際に経験してみないと出てこない言葉ですね。
この絵本の制作中、オーロラの場面の本絵を描くにあたり、どうしてももう一度実物を見たいと思いました。しかし私の暮らす南東アラスカのシトカでは、オーロラが滅多に現れないことから、フェアバンクスまでオーロラを見に行きました。
その際の観察で、明け方にとても薄い羽衣のようなオーロラが上空から降りてきたのです。たくさんの星たちが、オーロラからすけて光っているのを見ることができました。
ラフでは星を描いていなかったのですが、オーロラと星の重なりがあまりにもきれいだったので、星を描くことに決めました。
星があることで、プックとオーロラがひとつにつながり、絵の中にも動きが生まれたように思っています。この夜のオーロラに出会えたからこそ描けた一枚でした。
このオーロラの場面は、自分でもとても思い入れのある絵になりました
――今日はお話、ありがとうございました。