不思議な魔法がかけられている、という言い伝えのある古くて立派な洋館「ゆりの木荘」。建てられたのは100年以上も前なので、どんな魔法がかけられたのか覚えている人は1人もいません。そのうち「ゆりの木荘」は老人ホームに生まれ変わり、サクラさん、モリノさんをはじめとした6人のお年寄りが住むようになりました。
春風が吹くある日、サクラさんとモリノさんが裏庭でおしゃべりしていると、どこからか手まり歌が聞こえてきました。
「ヒイラギ ひとは フジのは ふたは みつばに よつば 五日のカズラ・・・」
どこかで聞いたことのある歌だとサクラさんが続きを歌うと、大きな風が巻き起こり、87歳のサクラさんとモリノさんは10歳ほどの女の子に!? ゆりの木荘の中では、89歳のスギタさんも女の子に、またいつも車イスに乗っているヤマフジさんも3歳か4歳ぐらいの女の子に、そして大さん省さんと呼ばれているおじいさん2人も、男の子に変わっていました。そして日めくりカレンダーが示していた日付は、昭和16年の8月3日。なんと77年も前にタイムスリップしてしまったのです。6人の子どもたち(正確に言えば子どもに戻ってしまったお年寄りたち)は、この不思議な現象について調査をはじめます。そうしているうちに、サクラさんが記憶の糸をたぐるように、少しずつ何かを思い出して‥‥‥。
お年寄りが突然子どもに戻ってしまう驚き、タイムスリップの不思議、謎が少しずつ解明されていくドキドキ感が合わさって、なんだかちょっと怖いような雰囲気にも包まれながらお話はテンポよく進んでいきます。タイムスリップをした年が、戦争が始まった昭和16年ということも、物語の中の大事な要素になっています。
謎を解くためのヒントは、玄関にある大きくて古い振り子時計、日めくりカレンダー、手まり歌、かくれんぼ、名前‥‥‥。 さて、77年の時を超えて明かされる、ゆりの木荘の秘密そして大切な約束とは? 後半には、さらにあっと驚くびっくりもありますよ。
お話を描いたのは、児童文学作家の富安陽子さん。以前、絵本ナビのインタビューで、「創作の原点は、子どもたちが今いる日常の世界から歩いていける、物語の世界を書きたい。わたしが好きだった不可思議な世界を書きたい、という思いです」ということを話して下さいました。今回の物語も、まさしく日常の世界から歩いていける物語。もしかしたら身近なところにもこんな不思議が起こるかもしれないと思わせてくれる楽しさに満ちています。佐竹美保さんによる挿絵も魅力たっぷりで、どこか懐かしい夏の風景や、不思議な洋館の様子には、まるで自分もそこにいるような錯覚を覚えるほど。ページを開けばぐいぐいと物語の世界に引き込まれていきます。
2021年の課題図書、中学年の部にも選ばれている本書。物語の中にたくさんの要素が含まれているので、どこに注目するか迷ってしまうかもしれません。けれども、きっとさまざまな感想文が子どもたちの中から生まれてくることでしょう。
(秋山朋恵 絵本ナビ編集部)
ゆりの木荘は、100年以上も前に立てられた立派な洋館。いまは有料老人ホームになり、サクラさんやモリノさんたち、6人の老人が住んでいます。春風が吹くある日、サクラさんはだれかが歌う手まり歌──時々聞こえる歌──を耳にします。モリノさんにいわれるまま、サクラさんがその歌を口ずさんでみると、ふたりは突然、子どもになってしまいました。そう、87歳のおばあさんではなく、10歳ばかりの女の子に……。 それは、77年前の約束のために、「あの子」がサクラさんたちを呼び寄せたからでした……。
導入部を読んで、「どんな魔法が飛び出すのかしら?」と思っていたら、思ってもいない方向に話が展開してびっくりです。
でも子供達(本当はおばあちゃん達)が、何故そうなったのかを真剣に考えたり、思い出を話したりしている様子が郷愁を誘う・・・というか、ほんのり懐かしい気持ちにもなりました。
子供らしい思い出の中に戦争が影を落としているところには、多くを語らずとも、おばあちゃん達の子供時代の大変さを感じさせ、そんな中を生き抜いてきた強さも垣間見えます。
時を超えたファンタジーはノスタルジックさ満載で、でも柔らかい空気に包まれ、ほんわかとした温かい気持ちになりました。 (hime59153さん 40代・ママ 男の子9歳)
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