学校の帰り、へんな犬に出会った「ぼく」。どうの長い、白と茶のぶちの犬です。ぼくはまっ白い犬が好きだから、白い犬だったらかってやるんだけど……と思ったとたん、犬はまっ白に! そのうえ「こうなれば、かってくれますね」なんて口がきけるのです。犬は、「じぶんがなりたいものになれる」といいます。でもぼくがふざけてリクエストしたものはおことわりです。ぼくの考えていることなんてちゃんと見抜いてしまう賢い犬なのです。
そんな犬とやり取りするうちに、すっかりこの犬が好きになったぼくは、一緒に楽しい時間を過ごします。 そして、日暮れが近くなったころ、犬から、なんにでもなれるといったけれど、まだうまくなれないものがあることを打ち明けられます。犬がどうしてもなれないのは「お月さま」。でもぼくには、冷たい岩のかたまりであるお月さまになりたいという犬の気持ちが、どうにもわかりません。けれどもどうしてもあきらめられない犬は真っ白い海鳥になって空をのぼっていき‥‥‥。はたして犬はお月さまになることができたのでしょうか。そして、犬が行ってしまったあとの夜空を見上げるぼくは、いったいどんな気持ちだったのでしょう。
お話の中には、幼い子どもたちが知っているであろう感情があちこちに溢れています。仲良くなりはじめの時に他の存在にやきもちを焼いたり、どうしてもお月さまになりたいと言い始めたらきかない理屈抜きの願いをもつ気持ち、わがままで信念を曲げない犬に反発する気持ち、無茶な挑戦をする犬を心配する気持ち‥‥‥。また、「ひとりぼっちはさびしい」という犬の気持ちや、「ともだちがほしいの?」というぼくの問いかけに「うんうん」と答える犬の孤独や切なさは、ぼくの内面にある気持ちと共鳴していて、犬とぼくは心を通じ合わせていきます。そしてそれはそのまま読者である子どもたちにも共鳴するからこそ、心に深く残るものがあるのでしょう。
このたび、半世紀前の1972年に『おつきさまになりたい』としてあかね書房から刊行された一冊が新たな絵童話として偕成社より蘇りました。当時の絵を手がけたのは。佐野洋子さんでしたが、今回の新版『お月さまになりたい』では100%ORANGEの及川賢治さんが全ページにカラフルでポップなイラストを描かれ、作品のユーモアと可愛らしさを存分に表現されています。中でも、たびたび登場する、左ページに犬の顔、右ページにぼくの顔が並ぶページは、それぞれと目が合って気持ちが伝わってくるようで、友だちのような身近さを感じることができそうです。
作者の三木卓さんは、詩人、小説家として数多くの賞を受賞されており、子どもの本の世界では「がまくんとかえるくん」シリーズの翻訳者として有名ですが、その他自作のユーモアあふれる温かな絵本や童話を手がけられています。本作でも時おりくすっと笑ってしまうようなユーモアがありながらも、いつの時代も変わらない子どもたちの気持ちがしっかり汲まれており、この先も長く読み継がれる一冊となっていくことでしょう。
(秋山朋恵 絵本ナビ編集部)
学校の帰り、ぼくは1ぴきの犬と出会った。どうの長い、白と茶のぶちの犬だ。口ぶえをふくと、うれしそうにとんでくる。ぼくは白い犬が好きだから、そうだったら、かってやるんだけど……と思ったとたん、犬はまっ白に!そのうえ「こうなれば、かってくれますね」なんて話しかけてくる。 ぼくと犬のユーモラスな会話と意外なストーリー展開にひきつけられて読み進めるうちに、孤独と友情をめぐるせつない思いに胸を打たれる珠玉の童話。 1972年に発表されてから半世紀をへてなおみずみずしい名作が、魅力的なオールカラーのイラストにより新たな絵童話に。
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