「いつか おまえに 会いたかった」
グリズリーの静かな表情をとらえた一枚の写真とともに、この言葉があります。
私の一冊は、アラスカの自然と動物たちを撮り続けた写真家星野道夫さんの『クマよ』です。
本を開くと最初に出会うこの言葉に深く心を打たれました。
何千語、何万語という言葉で紡ぎ出される思いの世界を、星野さんは、たった十三文字で言い切ってしまわれた。そのことの凄さもまた胸にせまってくる十三文字です。
つづくページにこうあります。
「あるとき ふしぎな体験をした 町の中で ふと おまえの存在を 感じたんだ」。
星野さんは若い頃本当にそう思われました。
私たち人間とくまは全くちがう世界にいるのではなくて、同じ時間を過ごし、同じ空間にいるのだと。
だから、星野さんはクマに会いたいと思います。
そして、たどりついたのがアラスカでした。
星野さんのどの文章でもそうですが、遠く離れていても、そしてそれが人間であれ動物であれ、相手のことを深く感じ合えるという思いは、とても大切なことだと思います。
私が星野さんの写真に初めて出会ったのは、二〇〇六年の秋、私の職場でもあった福島の百貨店での展覧会場でした。
その展覧会ではたくさんの人たちに助けて頂き、会場内で星野さんの本の「読み聞かせ」をしました。その時、読んだのがこの『クマよ』です。
この本の最後にこうあります。
「おまえの すがたは もう見えないが 雪の下に うずくまった いのちの 気配に 耳をすます」
星野さんはもういないけれど、星野さんが残してくれた、たくさんの写真と文章はいつまでも私たちに生命の尊さを教えてくれているような気がします。