「どれだけ長く眺めていても飽きるということはない」。
これはC.V.オールズバーグの絵本についての、村上春樹さんのコメントです。
そういう絵本にめぐりあった村上さんのおかげで、私たち読者もオールズバーグの独特な色彩の世界を楽しむことができたのですから、本というのは巡りめぐるものだと、つくづく感じます。
この作品は、村上さんが『西風号の遭難』『急行「北極号」』につづいて翻訳をした作品です。
「ミステリアスでエニグマティック」な作品だと村上さんは評しています。
「エニグマティック」というのは、「謎めいた」という意味でしょうか。
原題は「The Stranger」。
表紙の黄色い服、デニムのつなぎを着ている男が、その人物です。
スープをみつめる表情にして、少し「エニグマティック」です。
ある日、お百姓のベイリーさんが車で事故を起こしてしまいます。
はねたのが、この男。事故のせいか、ベイリーさんが何をたずねてもわからない様子。
やがて、元気になった「名前のない人」ですが、どうも普通の人とは違うようです。
ベイリーさんの農作業を手伝っても汗ひとつかかないのですから。
しかも、この男のまわりに不思議な現象が起こりだす。
いつまでも夏が続いて、秋が来ないのです。
まわりの村や山々は秋の色づきにそまっているのに、ベイリーさんの村だけは、いつまでも夏なのです。
この男は、いったい何者?
やがて、男はいなくなります。途端に、ベイリーさんの村にも秋がやってきました。
「 エニグマティック」は、こんな時に使うのでしょうね。
最後までこの男のことは解き明かされません。
私たちは秋の装いに包まれたベイリーさんの家をじっと見つめるだけです。
めぐる季節のことは科学的には説明できます。でも、本当はこの男のように、不思議な自然のなぞなのかもしれないとい うことを、私たちはすっかり忘れてしまっているような気がします。
「The Stranger」とは、自然そのもののことかもしれません。