たまたま「谷川俊太郎」「絵本」「死」という文字に
Eテレの番組を録画しておいて
後日見て、びっくり
てっきり、勝手に
高齢者視点
人生における「死」だと
勝手に思い込んでいたのですが
「子どもの自死」
報道される痛ましい子どもの自死は
多くは、いじめとか耐えられない環境とか
だとばかり、これまた思い込んでいましたが
どうやら、はっきりした原因が分からないことが
多いらしいとのこと
子どもの自死というと
私は、同世代の岡 真史君の
詩集「ぼくは12歳」を思い出します
「闇は光の母」シリーズ3巻目
絵が、Eテレで見たとおり
淡々としたーという表現でいいのでしょうか
日常 です
スノードームのアイテムもなるほど・・・
「ぼく」がノートに書いた
詩も何度も読み返して
やっぱり、「ぼくは12歳」を思い出してしまいます
6−1のシールの道具箱もなるほど
「編集部より」は、ルビもふってあります
切な願いが綴られています
谷川さんの言葉はシンプルながら
グサグサ刺さるように思います
繊細な心を持つ子は、どう感じるのかな・・・
当たり前のことで
編集者側が意図しているとは思うのですが
詩だけ読むのと
絵がついている絵本と
伝わり方が違うかと
「うちゅうは おおきすぎる
じかんは おわらない」
「なにもわからず」
そうそう、これから、何かあるかもしれないんだよ
ね、だから・・・だから、生かされているんだよ
生きているのではなく、生かされているんだよ
と、希望的観測で伝えたいです
残念ながら
ロシアのウクライナへの侵攻が続く今だからこそ
なおのこと、強く感じさせられるのかもしれません