「がらくた」という言葉から大人が連想するのは「いらないもの」とか「ゴミ」とか…。私もしょっちゅう娘に言ってしまいます。「まったく、このがらくた、何とかしてよ!」と。でも、多分、子どもにとって「がらくた」とは「たからもの」なんでしょうね。
主人公イワンのお母さんが「がらくたべや」と言っているのを、イワンはきっとおもちゃ箱のようなワクワクしたイメージで聞いていたに違いありません。
でも大人にとってがらくたである限り、いつかは「がらくた=たからもの」ではなく「がらくた=ゴミ」というイメージに変えさせられる時が来てしまいます。多くの子どもはそれに逆らうことはできない…。たぶん今娘に「がらくた」と言ってしまう私も、そういうイメージ変換をさせられてきたのだろうと思います。
生き物だったチュータンだけは、かろうじて救い出すことができたけど、ソファのボヨンは「ゴミ」になってしまいます。ボヨンを想って月を見つめるイワンとチュータン…。大人はこういう悲しみに気づいてあげられないんだろうなあと、自分を振り返って反省しました。
チェコの作家による絵、そばかすだらけのイワンの顔がとても素朴です。