「小さな穴から出てきたありさんを、夢中になってみていたら・・・!?」
地面のありを飽きることなく眺めていた、子どもの頃の記憶がよみがえってくる様な絵本『ありさんどうぞ』。絵本の真ん中を、はじっこを、行列を作って縦横無尽に歩いていくありさん達のその様子は、一目見ただけでもワクワクするのです。
作者は中村牧江さんと林健造さん(ご夫婦です)。おふたりの最初の作品が『ふしぎなナイフ』だと聞いて、ピンとくる方もいらっしゃるかもしれませんね。それまでは広告関連の仕事をされていたおふたりが、どうして絵本を制作されることになったのでしょう。そして、最新作『ありさんどうぞ』のアイデアはどこから生まれてきたのでしょう。
貴重なお話をたっぷりお伺いすることができました!お楽しみください。
●絵本『ありさんどうぞ』誕生のきっかけ
─── お二人の新作絵本『ありさんどうぞ』。この作品がアイデアとして出てきたきっかけを教えてください。
中村牧江さん(以下中村、敬称略):きっかけはね。(林健造さんが)イヌやネコなど、動物の絵を練習で描いておりまして、その中にたまたまありの絵も描いてあったんですよ。これをこうして、こうやったらありらしく見えるとか、そんな感じですね。その描いている絵を見ていて、私が、「ありの行列だけで絵本を作ったら面白そう!」と思ったんです。ありを、全部のページの初めから終わりまで、本の隅を這わせていって、行列だけで本を作ったら面白いんじゃないか、って。だから(林さんに)「本の全部の端を歩かせて、ありの絵本を作ってみない?」って言ったんです。そしたら、すぐ乗ってきてくれたんですね。
それで、最初にありのレイアウトを思いついて。
というのも、自分が小さいときに、部屋の隅をありがずっと這ってたことがあるんですね。たどっていったら台所の砂糖つぼのところに来てたんです。そのたどって見ていたという経験があった事と、やっぱり子どもの頃、しかられて庭にしゃがみ込んでいたような時に、ありを見ていたら、みんな上手に花壇の縁などを通って、端っこをずっと迷いもなく行くわけですね、列が。そういうイメージが思い出されたものですから、バックの情景とかは全部取っちゃって、シンプルに本の端っこだけのレイアウトでいったらいいんじゃないかと言ったんです。大体ふたりともシンプルなのが好きだという事もあって、「それ、いこう。」という話になったんです。
─── 中村さんは、コピーライターという仕事をされていたという事で、どんな風にアイデアを思いつかれるのかというところに興味を持ちます。やっぱりパッとひらめくような感じなのでしょうか?
中村:そうですね。やっぱり広告の仕事をやっていた時に、文と絵とをいつも同時に考える癖が付いてるようなところがありまして。それこそ、パっとね。これがこうなっていくから、こういう画面になるっていうのが浮かんでくるんですね。それで、暗黙の了解といいますか、(林さんが)どういう画面を作るのが得意かというのは分かっていますので、あまり複雑化しないで。そこから一気にストーリーを考えていきました。
●やっぱり主役はあり!
─── この絵本の主役と言えば、やっぱりありですよね。絵を担当されている林健造さんがありの行列を描かれることになって・・・。
林健造さん(以下林、敬称略):やっぱり僕も、子どもの頃ありを見ていた記憶はあったんですが、足の形はどういう形をして、どう歩いてるのか、それから、触覚は本当はどうだったのかなって意外と覚えてないんですよね。
それで、高尾の方に行った時に瓶を用意して、そこに土を入れて、できるだけ観察しやすいような、大きなありを3匹ぐらい入れて、ありに悪いですけどふたをして・・・。
持って帰って、よし、やるぞということでスケッチブックに描こうと思ったんです。ところが、アリが瓶の中でパニックになっていたんでしょうね、ものすごい速さで動き回るんでなかなか観察できないんですよ。どうなってるんだ、どうなってるんだって何回も見て、ちょっと描いてはまた見てね。それで、触覚はこんなにあちこち動き回るんだとか、足の6本は、どこから足が出てるのかな、というのを見てね。歩いてる感じはなかなか観察できなかったんですけどね。大体分かったと。それで、描き始めたんです。そこからスタートして、ストーリーに合わせて描いてみて。上の方を歩いたり、斜めに歩いたりしたらどういう形になるか。まっすぐや、上から下からというのも描いてみたりしてね。更に、どういう技法で描くかというので、サインペンのような勢いの出る物でぱっと書いたほうがいいんじゃないかなって。それでいっぱい描いて並べたりしたんですね。
─── かなり時間がかかったのではないでしょうか?
林:描くのはそんなに時間がかからないです。こんな小さいですしね。それで仕上げていって、担当編集者に「できました」って渡したんです。
ところが、全体の流れは良かったんでしょうけど・・・。何だか力が入りすぎて、足とか何かがね、気持ち悪い様な気がして。実際に、ありの足は直線じゃなくて、関節の所で一回折れて、あちこち動いてるんですよ。足の先も結構長くて。それをかなりリアルに描いていたんですね。
中村:ちょっと不気味でしょう、足がね。比べると分かるんですよね。
▲最初のラフ。更にズームして・・・
▲左が最初のラフの中のありさん、右が絵本の中のありさん。比べてみると、確かにシンプルな形になった事がわかりますね!
林:それで、やっぱり編集さんに「全部描き直したい」って電話したんです。その後ね、これ気持ち悪いからどうしたらいいかなあって。ある朝、1匹描いたんですよ。「あ、これだな」と思って。それから、一匹一匹行列を作ったときには、その違いをどうするかということで描いていってみたら、大体いけるなと思って全部描いて。それで、また編集さんに電話して「何が何でも、これを全部描きかえたい」と言ったんです。そうしたら「えー」って。
一同:(笑)
編集者:この最初の方の案で、すごく素晴らしいと思っていたので、どうなるんだろうと・・・。
林:なぜいけなかったのかと言うと、やはり、ちょっと気持ち悪いっていうのと、足の印象がクモのイメージにちょっと似てるんですよね。
中村:意外と、足が6本よりもすごく沢山あるような感じになって、もじゃもじゃしているふうに見えちゃうんですよね。虫の好きな子だったらいいけども、嫌いな子が見たら、ちょっと何か、ぞぞっとするっていうのがあるんじゃないかって。
林:だから、足なんかをだいぶシンプルな形にして。でも、子どもだからと言って、6本出さなかったりというのは良くないと思っているし、おもちゃっぽくもしたくない。やっぱり、ありが本当にここにいるんだというふうに、現実のありに見えるようにしたい、と思って。それで出来上がったんです。結果的には、編集さんも、(大日本図書)社内でも、こっちのほうがいいということになったんですよね。
中村:人によっては、これ(絵本になったほうのあり)は、関節もないしって思う人もいるかもしれないけど。実際、目のところだってこんなに白くはないですし。だから、ある程度はやっぱり絵のありなんですよね。ちょっと表情があったりもしてね。
─── でも、やっぱり並んで歩いている様子とか、すごくリアルな感じがするんですよね。写実の部分と、絵の部分のバランスが面白い。
林:一匹一匹、これは誰々なんてね、名前をつけるわけじゃないですけど、そういう気持ちで、ちょっとずつ変えながら描いていってね。目も下向いたり、細かったりというのがあったりして。ただ、あまりそれを描きすぎて、ばらばらなイメージになっちゃいけないから、本当にちょっとずつ。
中村:でも、結局はみんな似てるのは似てるのよね(笑)。いつも描いてると、だんだんなれてきてしまって、足の位置も同じになってきて・・・。
林:そうなんだよね、みんな同じに見えてくる。
中村:よくよく見ると違うんですけど、似てるけどちょっと違うみたいなね、その辺ですね。
─── 送られてくる入稿のデータには、このありに全部、何ページの何番という番号がふられていたそうで、担当編集者さんもこれには驚かれたそうです。「そうか、みんな違うんですもんね」と思われて。ところが・・・印刷する段階で大変な事が起こったそうで!?
編集者:途中で、「いるはずのありが1匹入っていないんですけど」と、印刷所の人に言われたんです。「ええっ?」ってことになって。「ここのありが出ません」と校正紙を見せられて。それで「探します探します、ありを」って。
中村:編集さんが一番大変で。
林:表情が違うな、と思って描き直したのを入れ替えたんですよね。最後に「入れてください」って言って。そしたらね、1匹だけどっかに行っちゃってて(笑)。もしデータに1匹いなくてもね、印刷で出てこないから。それでひとつ入れ替えたら、何番のありも、もうありの姿を見たらみんな同じに見えちゃって。ちょっと違うな、短いとか長いかとかね。目の動きがちょっとこっちかな、なんて言ったらそれがまた違ってたりする。
一同:(笑)。
▲写真ですとわかりにくいですが、絵本の中に出てくるありさん全ての画像を出力した資料も見せてもらいました。圧巻です!
編集者:探す時に一回一回画像を開いて、「あ、このあり違う、触角違う」とか、「このありでもない、このありでもない」って(笑)。
林:手順を間違えるとだめなんですよ。最初に絶対これをこう配置するって決めてからやれば良かったけど、やった後に「まてよ。これ、ちょっとビー玉の所のあり、これ変えようか」なんていった時にはもう・・・。それを3カ所ぐらいやるとわからなくなるんですよ。1つだけならいいんだ
けど、ページがかわると「あれっ、何番だったかな」って。