渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで「スイスの絵本画家 クライドルフの世界」が開催されるのにあわせて、『バッタさんのきせつ』(ほるぷ出版)が本邦初翻訳出版されることになりました!(原書は1931年刊行)。
翻訳された佐々木田鶴子さん、Bunkamuraザ・ミュージアムキュレーター廣川暁生さん、レグラ・ケーニッヒさん(展覧会ゲストキュレーター)のお三方にお話をうかがうことができました。
- バッタさんのきせつ
- 文:エルンスト・クライドルフ
- 訳:佐々木 田鶴子
- 出版社:ほるぷ出版
スイス生まれのエルンスト・クライドルフはヨーロッパを代表する絵本作家のひとりで、いまも読みつがれています。
そのクライドルフが草や花、虫や動物たちを愛情あふれるまなざしで見つめ、ユーモアあふれる絵本を描きました。
●アルプスの自然を描いた絵本画家クライドルフ
<<自画像>>─── じつは以前、クライドルフの絵本を見たことがあって、風変りで可愛い絵だなと気になっていたんです。展覧会で初めて「自画像」のまじめなお顔を見て「えっ、クライドルフってこんな顔だったの!?」と思いました。
美しい蝶々や花の妖精を描いていますが、『バッタさんのきせつ』のユーモラスなバッタの表情もたまりません(笑)。どんな人だったんですか?
佐々木:エルンスト・クライドルフはスイスを代表する絵本画家で、1863年に生まれ、93歳で亡くなりました。スイスの絵本作家といえばハンス・フィッシャー、フェリックス・ホフマン、アロイス・カリジェなどが有名ですが、クライドルフは少し、他の作家たちと違っています。
ヨーロッパでは18世紀から子ども向けの絵本が作られましたが、ABC本など教育のための作品が主でした。でも、クライドルフの絵本は独特で、自然の中にある花や昆虫の世界が中心です。その秘密は彼の生い立ちにあるんです。育ったのは、おじいさんの古くて大きい農家でした。
スイスには高い峰や深い峡谷があって、空も青く澄み、山の稜線がくっきりと見えます。短い夏には緑が輝き、光あふれる野原で小さい花が咲きみだれ、昆虫がぶんぶんうなる音まで聞こえます。人のいない、ほんとうに静かな世界で、遠くのほうで牛のカウベルの音ががらんがらんと鳴るくらいのもの。そんな自然のなかで育ったクライドルフは、幼年時代から花や草木、昆虫とたわむれていました。
成長してリトグラフの工房で徒弟として働いたのち、ドイツへ出て、芸術家が集まる名高いミュンヘン美術大学へ進学します。やがて画家として独り立ちしますが、体をこわして療養のために南ドイツのバイエルン・アルプス地帯に滞在します。ある日、晩秋の谷間に咲き残っていたプリムラとリンドウを見つけて写生したことがきっかけで、物語が生まれるんです。それが絵本画家クライドルフとしてのはじまりでした。
─── それがこの絵ですね。一度手折ってしまった花を、自然のなかにあればこそ美しかったのにと後悔して、せめて絵に残そうとして描く。花の写生が、こんなかわいらしい絵(<<プリムラの花園>>『花のメルヘン』より)になるなんて、びっくりです。
<<プリムラ、リンドウ、エーデルワイス>>
<<プリムラの花園>>
廣川:<<プリムラの花園>>でプリムラ殿下とコバルトブルー・リンドウ妃が腕を組んで歩いている。この絵からクライドルフの処女作『花のメルヘン』(1898刊行)が生まれるんです。
クライドルフの原画は、所蔵先のスイスやドイツの美術館でも収蔵庫にしまいこまれていてなかなか目にすることができない絵が多いのです。そういう意味でも今回はとても貴重な機会なので、ぜひみなさんに見ていただきたいです。そしてじつは、展覧会の図録に、別刷りで『花のメルヘン』の日本語版の冊子を付けているんですよ。佐々木先生が以前に翻訳されたものをお願いして掲載させていただきました。
展覧会にあわせて今回新たに出版された『バッタさんのきせつ』(ほるぷ出版)を訳されたのも佐々木先生です。
佐々木:『花のメルヘン』はもう20年以上前になりますが、私が最初にクライドルフと出会って翻訳した本で、元の訳本は絶版になっているので、こうして生かされるのはうれしいですね。
<<花のメルヘン表紙>>
─── ミニ絵本みたい!これは貴重ですね。ぜひ欲しいです(笑)。佐々木先生がクライドルフの作品を最初に翻訳されるきっかけは何だったのでしょうか。
佐々木:ドイツ国立図書館には児童書の古書がたくさん収蔵されています。1980年代にほるぷ出版さんが復刻を企画して、児童図書部部長であったヴェーゲハウプト氏が古書をたくさん持参され、日本の児童文学の諸先生方と協同して選択した貴重なコレクションの内の1冊です。そのとき、翻訳依頼を受けて、『花のメルヘン』に取り組みましたが、全編が詩だし、日本語の花の名前を調べるのにも苦労がありました。
─── 100年前の絵本が生き残っているということなんですね。
初邦訳として出版されたばかりの、佐々木先生が翻訳された『バッタさんのきせつ』(ほるぷ出版)ではいろんな表情のバッタに目が釘づけになります。ボーリングしたり、あらしの中で葉っぱを傘にして走ったり、とにかくユーモアがあって笑ってしまって。バッタの種類を描きわけたなんて聞くと、生き物への愛情がすばらしいなと思います。厳しいお顔をなさっているのに(笑)。
<<春がくる>>
<<あらし>>
佐々木:『アルプスの少女 ハイジ』に登場するハイジのおじいさんと同じです。見かけは怖いけど、ほんとは優しいの(笑)。
クライドルフ自身はとても繊細で、職人気質ですが、愛情豊かだったようで、昆虫や花をよく観察しています。初期の頃は、絵本の表情がかわいくないと批評されたこともあったようですが。
<<自画像>> 1916年 ベルン美術館
<<プリムラ、リンドウ、エーデルワイス>> 1894年 ベルン美術館
<<プリムラの花園>> 『花のメルヘン』より 1898年 ヴィンタートゥール美術館
Kunstmuseum Winterthur. Deponiert von der Schweizerischen Eidgenossenschaft, Bundesamt für Kultur, Bern 1904
<<花のメルヘン表紙>> 『花のメルヘン』より 1898年 ヴィンタートゥール美術館
Kunstmuseum Winterthur. Deponiert von der Schweizerischen Eidgenossenschaft, Bundesamt für Kultur, Bern 1904
<<春がくる>> 『バッタさんのきせつ』より 1931年 ベルン美術館
<<あらし>> 『バッタさんのきせつ』より 1931年 ベルン美術館
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