“大海原のどまん中、まめつぶほどの小島に、鬼ばばはくらしていた。
その体は海を立って歩くほど大きく、ヤブのようなもしゃもしゃの髪を海にひたせば、そこにたくさんの魚が引っかかる。
クジラを取って食うほどに強く、その力は、山を叩けばぺしゃんと潰してしまうほど。
おばばに、家族はなかった。
父親のことは、ぺろりと食べてしまった。きびしい飢えをしのぎ、我が子に乳を飲ますため。
そんな子どものことも、住みやすかろう南へ捨てた。鬼ばばの子は大食らいで、ふたりで住めば島が潰れる。
「かまわんとならんもんが、おらんのはええ。いつくたばってもええ」
それが口癖のおばばは、なにも持たず、たったひとりで生きていた。
そのはず、だったのに。”
しずかに生きるおばばの元へ、流れてきたのはひとりの若者。潮の流れのせいで、もう帰ることはできないと知らされた若者は、おばばと共に島で暮らす。おばばもかいがいしく若者の世話を焼くが、彼は、いつも彼方の故郷に焦がれていた──「やっかいなもん、ひろうてしもた」
おばばが出会ったのは、クジラの腹から飛び出した、ひとりの子ども。その子は「生きているものを殺したくない」と、魚を食べようとせず、次第にやせ細っていった。「それなら人間の土地で、坊主になるほかない」、そう考えたおばばは、危険を犯して人間の暮らす土地へ向かう──「なさけないもん、ひろうてしもた」
他二篇を収録した、鬼ばばと漂流者との出会いを描いた短編集。
ひとりで生きることを良しとし、招かれざる同居人をうとましく思うおばばですが、それというのも、その扱いや行く末に悩むがゆえのこと。
「かまわんとならんもんが、おらんのはええ」
おばばの口癖は、裏を返せば「誰かがいれば世話を焼いてしまう」という、やさしい人柄の表れです。
「男が弱気になると、おばばはひそかにうろたえた。のどが、ひくひくふるえた。どうしてよいやら、わからないから、自分に腹が立った。 男が遠くをながめていると、胸の底がちんと冷えた」
「毎夜おばばは、さぶん、さぶん、波のつぶやきを聞きながら、もそもそ起きあがっては、ねむりこけた子どものひたいをなでた」
「秋の海はひんやりしていたが、犬がふせているへそのあたりだけは、ぽちりとあたたかかった」
オノマトペや、細かな風景描写にさえおばばの秘める人の良さがにじみ出ていて、ほほ笑ましい作品です。
しかし、本作で特に胸に刺さったのは、おばばのやさしさよりも、その怒りです。それは、鬼ばばの住む島に宝があると思い込んでやってきた、人間たちに対して抱いたもの。
父さえ、子さえ捨てて、それでも生きてきた自分が、いったい何を持っているというのか──
島に侵入した盗人たちを前に、腹もはち切れんばかりのおおきな怒りを抱いたおばばは、どうするのか?
その決断のやるせなさ、やりきれなさに、つよく胸を締めつけられました。
結末の先の余韻まで、切なさ香る一冊です。
(堀井拓馬 小説家)
すべてをすてても、やさしさはすてられない
青海原の小さな島に、大きな鬼ばばが一人くらしていた。 「かまわんとならんもんが、おらんのはええ」と言いながらも、島に流れ着くあれやこれやをついつい拾って世話してしまう・・・・・・。 第1章 やっかいなもん、ひろうてしもた 第2章 とんでもないもん、ひろうてしもた 第3章 なさけないもん、ひろうてしもた 第4章 うっとうしいもん、ひろうてしもた あるがままに生きるおそろしい鬼ばばの、愛情深い4つの物語。
【編集担当からのおすすめ情報】 小学生から大人のかたまで、広くお手にとっていただきたい、心に響く物語です。
本当は心優しい鬼ばばの
4つのお話が、連作になっています。
第1話で
旦那を食べて、息子を投げ捨てるシーンが、余りに強烈で、
その「どうしてー」という気持ちを整理しながら読み進めることになります。
お話が進むにつれ
さいごには、なんとも心がじわーと暖かくなるというか
湿り気を帯びるような感じがしてきます。
鬼ばばの気持ちを推し量ると
鬼婆が、時に自分に、時にだれか身近な人に見えてくる
とても不思議なお話です。 (やこちんさん 50代・ママ 女の子18歳)
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