どちらかというと大人向けの読み物。
1951年、光文社発行の少年雑誌「少年」に1月から12月にかけて連載されたのが最初のようです。
透明人間というと、個人的にはなんとなく昭和のコントや、SFの古典名作作品という印象があって、どちらかというとユーモラスな、あまり怖くない気がします。
しかし、この作品はそんなことは全くなく、スリルがあります。
事件を追いかけると、透明人間がいて、それを作った博士がいて、その悪の組織と戦うようなシリアスな展開になってきます。読み応えがあります。
どうやって透明人間をつくったのか?当時の科学技術で可能だったのか?それともトリックなのか?いろいろな疑問が次から次へと湧いてきて、先が楽しみになり、ずんずん読んでしまいます。
この文庫版になる前の、大型本の時に書かれていた乱歩先生の長男、平井隆太郎さんのあとがきによると、乱歩先生は「科学的にできないと思われるような物は書かなかった」とのこと。
実際にトリックが実現できるかどうかは別として、やったらできるであろうものを使って、いかにも本当にありそうなものを書くことに腐心したそうです。
子ども相手だからといって、適当に夢物語で誤魔化さず、具体的にできるようなトリックを考えて物語を作った、乱歩先生の心意気、子どもに対する真摯な姿勢に頭が下がります。
読んでいると、あまりにリアルすぎて、ぞっとするような時がよくあるのですが、納得しました。リアルさを追求された結果なのですね。
子どもは意外と、「これって本当にできるのかな?」ということを、容赦なく追求するところもあります。そんな子どもの性質をよくわかって、尊重して書いたからこそ、今に残る名作になったのではないでしょうか?