突撃レポート
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2019.08.08
7/18(木)、「本と出会うための本屋 文喫 六本木」にて、講談社と文喫がタッグを組むイベント“おとなのための絵本の時間”(4ヵ月連続開催)の第1回目が開催されました。記念すべき初回に登壇したのは、日本児童文学者協会新人賞・児童文芸新人賞を受賞した『夏の庭 The Friends』(徳間書店)の著者の湯本香樹実さんと、絵本作品や書籍の挿画など話題作を多く手がけるはたこうしろうさん。おふたりが出会う特別な1冊となった絵本『あなたがおとなになったとき』(講談社)刊行記念イベントです。
直接会うのはこの日が初めてという湯本さんとはたさん。制作を通じて、奇跡のように響き合うやりとりが幾度かあり、一緒に絵本をつくる醍醐味を感じられたそう。制作のきっかけとなった東日本大震災後のメッセージのこと、絵本に描き込まれた鳥や魚のこと、「あなた」とは誰なのか、なぜ絵本が好きなのか……。様々な角度からおふたりの心の内が語られた、濃密な対談をレポートします。
出版社からの内容紹介
「あなたがおとなになったとき どんなうたがすきだろう」。子どもたちに問いかけることばで紡いでいくメッセージ。新しい世界の扉の前に立ち、将来への大きな夢を抱きながら、同時に不安な思いも抱いている、複雑な心を抱えている子どもたちを少しだけ支えてくれるように願いをこめた絵本です。折に触れ読み返したくなる、本棚の片隅に置いておきたい一冊。
夜の六本木、入場料のある本屋「文喫」は、一人一人が本との出会いを楽しむ静かな雰囲気。19時前には、喫茶室の奥のスペースに徐々に人が集まり、開始を待つ人たちの密やかな熱がこもりはじめます。ふだん人前に出て話されることがあまりない湯本香樹実さんと、人気作家のはたこうしろうさん。ふたりが姿を現すと、待っていた30人を超える人たちから拍手が起こりました。
司会から、はじめに『あなたがおとなになったとき』はまだ全国の書店店頭には並んでおらず、この場にいる人だけの先行発売であること。その出来上がったばかりの本を、作者の湯本香樹実さんが朗読してくださるということで静かなざわめきが起こりました。湯本さんの落ち着いたあたたかみのある声で、朗読がはじまりました。
(朗読)
あなたがおとなになったとき どんな歌がすきだろう
あなたがおとなになったとき この木はどれほどおおきくなっているだろう
あなたがおとなになったとき 空は同じ青さだろうか
あなたがおとなになったとき……
この本を書くことになったきっかけは、東北の震災のチャリティのために、ポストカードに書いた文章だと話す湯本さん。絵本にしませんか?と編集者から声をかけられ承諾したものの、どうすれば絵本になるんだろうと、「あなたが……」ではじまる問いかけを100個以上考えたのだそうです。
湯本:最初は大きな災害があって、目の前のその現実を見て……、出てきたことばを書きました。絵本にしようということになり、「あなたが……」の問いかけを思いつくかぎり書き出して、そこからひとつらなりの「あなた」ができるよう再構成しました。でももしかしたら絵描きさんが絵を描くとき、順番が変わるかもしれないと思っていたんです。数年後にはたさんのスケッチが出来てきたとき、私が構成したひとつらなりのまま、一筋の道がちゃんと絵の中にあることに驚きました。はたさんが描く女の子、途中で出てくるたくさんの同世代の子たち、追いかけるような男の子。絵と文をとおして「あなた」が立ち上がってきます。
はた:原稿を受け取ったとき小学生の息子がいまして、最初は、息子の将来を考える自分と重ね合わせながら読みました。どう描いたら詩を生かせるのか悩みつつ、思い出しては読むうちに、だんだん思っていたのとはちがう世界が詩の中にあると気づきました。親が子へ言うんじゃない、一人一人が「あなた」で、一人一人へ未来を問いかける詩だと。
実は、詩に色をつけるのが一番難しい。詩を壊さないためには、むしろ湯本さんの詩と平行して、僕も絵で詩をつくるように、詩とは全くちがうストーリーを絵で描いていかなくてはと思いました。
湯本:まさにこの本はそれができていると思います。
未来が大丈夫だと誰も保証はできない。だけど、なぜあのとき、木は大きくなるだろう、小鳥たちはうたうだろうと言わなくてはと思ったのか。それは、自分の中にも子どもだった自分がいて、苦しかったとき不安だったとき、「あなたがおとなになったとき」を一緒に考えてくれる存在が必要だったと思い出したから。未来に不安を感じる人、生きていけるだろうかと悩む人にも届けばいいなと思いました。
司会:制作中、書店員さんに原稿を読んでもらうと、「子どもでなく、今の自分に響く」と感想を寄せてくれた方がいました。
絵本には、モチーフとして鳥がいろんなところに描かれています。湯本さんはラフスケッチのときから鳥の存在に注目し、描かれていることが嬉しかったとのこと。なぜ鳥を描いたかというと、はたさん曰く「常に何か見守っているような存在が感じられるといいなと思ったから」。
はた:描いたのはオオルリという鳥です。めちゃくちゃきれいな鳥で、僕にとってあこがれの鳥。昔、六甲山の中でたった一度しか見たことがない。そのときはすごく感動しました。
湯本:鳥は主人公の魂みたいでもあるし、人が何かをことばにしようとする、ことばになる寸前のエモーショナルな何かのようにも見える。描かれている一人一人の存在は隔絶しているけど、どこかでかかわり合っていて、その一人一人に鳥がいるように見えるのが好きです。
実は、湯本さんがはじめてはたさんを知ったのは、90年代に『うちへ帰れなくなったパパ』(徳間書店)という翻訳児童文学の挿絵だそう。動きをとらえた線が新鮮で、憧れの絵描きさんだったとのこと。同時に湯本さんは鳥の写真集を大事にもっていたり、気に入った鳥の写真をノートに挟んで持って歩くなど、特別な思いをもつことがあって、はたさんに鳥を描いていただけて嬉しいのだと語りました。キョクアジサシの可愛さについて、ふたりで盛り上がったあと、「世界とつながっている感じ」について話はうつっていきます。
司会:「海」や「魚」のようなことばはひとつも書かれていない場面で、夜の海に子どもたちが入っている絵があります。なぜ海を描こうと思ったのですか?
はた:(しばらく考えて)ときどきひとりで、山梨や長野に虫とりに行くんです。一日山の中にいて疲れて、夕方たそがれながら「疲れたなあ……」と思っているとき、まわりに人はいなくて、ひとりなんですけど……その代わり「今、自分と世界がつながっている」という感じがすごくすることがあるんですよ。その感じが好きで、この場面に入れたかったのです。
湯本:よくわかります。私はときどき魚釣りをするんですが、川に入っていくとき、自分からすごく遠い、人間とは隔たった存在である魚が、びっくりするほどすぐ近くにいることを感じて、驚きとともに「自分は世界とつながっている」と思う。でも、そういうとき、めちゃくちゃ疲れますよね(笑)。
はた:へとへとですね。でも、人間の脳の中が具現化されたような都市の世界とは違う、自分とは隔絶したような、広い世界とどこかでつながっている自分に、喜びを感じる。それをこの場面で出したいなあと思ったんだと思います。
表紙では一羽だった鳥が、夜の海の場面を超え、明け方の場面で群れとなって描かれます。「ひとりのようでも、本当はたくさんの人とのかかわりがあることを絵本の中に染み込ませたかった」とはたさん。
湯本:未来を思い描くとき、誰しも不安がない人はいない。でも同時に(未来への)「憧れがあれば生きていける」と思う。
途中から描かれる男の子の存在も素敵ですね。「あなたをささえるものはなんだろう」というときに、女の子のそばに、もうひとりの存在があらわれる。“支えてくれる存在がいる”ということは究極の憧れですよね。
ふたりが海の中にいて「あなたがおとなになったとき わたしは遠くにいるかもしれない こんなふうにはなしかけることが できないくらい遠くに」ということばの、夜の場面が大好きです。空があって星があって、海がすぐそこにいて、ちがう世界に自分がいて……。この一体感こそが、探し求めて生きていくに値するものじゃないかと。そういう憧れが、全部含まれていると思います。
はた:思春期は孤独で、学校と家しか世界がないと感じてしまいます。本当はすごく広いところにいるのに、つながることができない。でも、何かへの憧れがあれば、外の世界をのぞいたり、広い世界に足を踏み入れることにつながっていくんじゃないかな。
司会:実は、最後の最後に、はたさんから「ここに文は入らないのですか」という問い合わせがあって、湯本さんが付け加えた一文があります。
はた:海と夜明けの場面の後、ふたりの子が商店街の中を駆け抜けていく絵があるのですが、僕はなぜかそこに、何かことばが入るのだと勝手に思い込んでいたんです。色校の段階まで来て、あれ?と気になって編集者さんに聞きました。でも元々文がなかったのなら、自分の勘違いだからいいですと言ったのですが、いちおう湯本さんに聞いてくださるということで……。
湯本:まさに絵に導かれました。原稿を書くとき、たくさん書いたところからことばを絞っていく作業があるのですが、そこで落としていた何かに気づかされました。自分では気づかずに飛躍させていたところに、はたさんからの問いがあって、ここにはことばが必要ではないかと考えたんですね。
「あなたがおとなになったとき、耳をすましていれば、ちゃんと聞こえるから」と、きちんとメッセージを伝えなければと、「耳をすまして――」を後から入れさせてもらいました。
はた:最後のパズルのピースがぴたっとはまった!と思いました。まさかこのことばが入るとは思いませんでした。今、このときの世界が捨てたもんじゃないという力強さが感じられると思います。
制作を通じて、はたさんとの間に何度か特別な瞬間があり、絵本をつくる醍醐味を感じたという湯本さん。絵本がなぜ好きなのか、絵本の形はことば以前のものをはらんでいるからではないかと言います。
湯本:最近カバキコマチグモという蜘蛛に刺されて手がパンパンに腫れたのですが、刺されるその一瞬に蜘蛛と目が合って、生きもの同士、ことば以前に通じ合うものがあると感じた経験をしました。
ことばは、ことばにすると「ことば」になってしまうけれど、私は今にものどからことばが飛び出る寸前をとらえたもの、ことばになる寸前の衝動みたいなものを書きたいと思って書いています。けれど、絵本には自然にことばになる直前のものが含まれていると思う。ことば以前の気持ちが表現されている。だから絵本が好きなんだなと思います。
はた:僕はアニメも好きなのですが、動きがあって、音楽、声があって魅力的で……。でも僕は絵本が好きなんですね。絵本でしか伝えられないものがあると思っています。特に僕は絵だけでも、ことばだけでも、何かちょっと足りなく思えてしまう。僕にとっては両方を織り交ぜることで表現したいことが表現できるという不思議なメディアです。
湯本:孤独で、未来を信じることが難しいとき、目の前だけじゃなく、想像できるほんの少し隔たった時間に思いを馳せることができたらと思います。
いきなり何百年という時を想像することは難しいけれど、ひとりの人が成長する「あなたがおとなになったとき」という時間の中で、ちょっと想像力を働かせることができたら……。そういうふうに想像する余裕みたいなものが、新しい世界へふみこんでゆく「あなた」の道しるべになると思います。
対談後、会場内に配られたアンケートが集められ、「あなたにとって、おとなとは?」「おとなになったと感じたのはいつ?」というテーマでさらに話は盛り上がりました。質疑応答では、絵の技法や、書体のデザインなど、様々な質問が飛び出しました!
最後まで刺激に満ちたことばが交わされ、終了後はサインを求める列が……(中にはさらに数冊買い足した方も!)。熱いファンの顔を見せる方もいて、興奮冷めやらぬまま終了したイベントとなりました。
いかがでしたか?
“おとなのための絵本の時間”は、日本の絵本界を牽引する、魅力的な作家さんが次々登場し、間近で話を聞き、ことばを交わすことができる貴重なイベント! 大切な誰か、そして大切な自分にじっくりと読んであげたくなる……。そんなイベントに参加して大人の絵本の時間を楽しんでみませんか?
次回以降もご期待ください!
文・構成:大和田佳世(絵本ナビライター)