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ごちそうともいえない弁当を喜んだしげるの上に、原爆が!「原爆が一つでもあるうちは、平和ではないけえ」。弁当を原爆資料館に提供した折免シゲコさんが、80歳をこえ、初めてあかした感動の話をまとめる。
実話だと知って、言いようのない重みに圧倒されてしまいました。
戦争に夫も長男も取られて、残った次男はあの広島原爆で死んでしまいます。
あの日広島に出かけなければ、もう少し早く戦争が終わっていてくれたら何事もなく一緒に暮らしていた息子です。
母親は息子を探しに行った広島で、多くの死体の中から、自分の息子の骨を発見しました。
そうして、まだ息子食べないでいたお弁当が弁当箱の中でまっ黒になっているのを見るのです。
母親にとってこれほどに深い悲しみはないでしょう。
母親が持ち帰った遺骨を埋め、その上に飢えた紫陽花。
毎年健気に咲くだけに、戦争に対する思いはなくなることはありません。
絵が少し古風ですが、このお話にはとてもふさわしい絵だと思いました。 (ヒラP21さん 50代・パパ 男の子13歳)
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